とうとう梅雨入り。雨を匂わす風が使者のように吹き抜ける。 午後少しだけ雨が降った。いかにも始まりの雨のように。 しばらくはおひさまも遠慮がちに微笑む日々が続くことだろう。
どんな日もあってよし。雨ならば雨を受けとめ心穏やかに過ごしていきたい。
今日は伯母の三回忌の法要があった。 老人ホームに入居している伯父は帰宅することなく 集まった顔ぶれはみないとこ達ばかりの法要になる。 それもなんだか寂しいけれど仕方ないことであった。
それぞれの親の話になればなんともせつない。 我が家の姑の事も含めてみんな年老いた親を抱えて苦労している。
苦労・・いやそう言ってよいのか。いまふっと後ろめたさを感じた。 そういう「さだめ」のようなもの。そのさだめに従っているだけかもしれない。
高知ならではの皿鉢料理をたくさんご馳走になって帰って来た。 みんなでわいわいとおしゃべりをしながら楽しいひと時を過ごす。 そうして亡き人を偲ぶ。伯母もきっと喜んでくれたことだろう。
帰宅して今にも雨になりそうな空を仰ぎながらお大師堂に向う。 帰り道はあんのじょう雨が降り始めて大急ぎで帰って来た。
もう走れないあんず。それも仕方ないことだなと思った。
あっという間にふたりずぶ濡れ。それも良いじゃないかと思った。
はじまりの雨に濡れては梅雨を知る。おかげで一句できた。
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