今日も気温が高めでとても蒸し暑い一日だった。
どこらともなく金木犀の香りが漂ってくる。 確かに秋だと言うのに夏の忘れ物はいったい何なのだろう。
午前中は山里の職場、午後から川仕事があり急いで帰宅する。 畑で言えば種まきだろうか。重ねた海苔網を漁場に張る作業だった。 心地よい川風に吹かれながらどうか今年も順調にと手を合わす。
川仕事を終えてから自転車でお大師堂へお参りに行った。 一昨日から連泊していたお遍路さんは今朝旅立ったよう。 私は会うことは出来なかったけれど、備え付けのノートでやり取りをした。 そんなささやかなふれあいが嬉しくてならなかった。
お大師堂から帰ったら今度はあんずのプチ散歩。 もはや散歩とは言えないほど歩けなくなってしまって 土手までも辿り着けず家の前の路地をほんの少しだけ歩く。 まるでよちよち歩きの赤ちゃんのようなあんずを見ていると 微笑ましさよりもせつなさが込み上げて来て憐れでならなかった。 「よういどん」をして駆け出していた頃が思い出のようになっていく。
この夏の猛暑を一生懸命頑張って乗り越えたあんずを 今度は冬の寒さが待ち構えているかと思うとふっと心細くなる。 いつその時が来ても良いように覚悟をしておけよと夫が言った。
永遠の「いのち」なんてどこにもないのだなとあらためて思う。 それはあんずだけではなくて自分たちにとっても同じことだった。
だからこそ今ある「いのち」を愛おしみながら生きていかなければいけない。
今日も平穏無事。手を合わせ感謝しながら明日の扉を開けようではないか。
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