朝のうちには小雨が降っていたけれどすぐにやんでくれた。 気温も高めで暖かくなんだか春の陽気を思い起こす。
午前中は買い物に行ったりして時間をつぶしていたけれど 午後は何もすることがなくなってしまってごろごろとするばかり。 まったりのんびりも良いけれど、ダイエット中なのをはっと思い出す。
ちょっと歩いてみようかな。いつもは自転車で行くお大師堂まで 久しぶりに歩いてみることにした。のどかな風景を堪能しながら ああここにいるんだなって思った。ここが私の居場所なんだなって。
帰りは河川敷の小道を歩く。さらさらと水の音が耳に心地よい。 昔のようにぼんやりと川面を眺めながら物思いに耽ることはなくなったけれど その頃の自分がふっと懐かしくなる。きっとそれは哀しみを知っていたせい。
あのせつなさと哀しみはいったい何だったのだろうと思う。 私は変わった。「ずっとずっと変わらないよね」と言ったその人はもう遠い。
ある意味、「老いること」とは「ひとつの成長」ではないのかとよく思う。 10年ひと昔と言うけれど、ほんとうにそれは昔話のようだった。 よき思い出としてずっと忘れずにいるのもよし。忘れたいと思うのもよし。
ただ決して後悔はしないこと。それが私の生き方なのだと思う。
私はそんなささやかな成長をとても心地よく受け止めている。
土手のススキが老いるように私も老いていく。
ある日突然刈り取られてしまってもどうして嘆くことができようか。
息をすることは生きること。いっぱいいっぱいしんこきゅうをした午後のことだった。
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