ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2023年06月04日(日) 廃屋の紫陽花

時おり薄雲が広がっていたがおおむね晴れ。

風があまり吹かなかったので蒸し暑さを感じた。


陽射しを浴びる紫陽花はなんとなくしょんぼりとしている。

雨に打たれている方がずっと生き生きとして見えるのが不思議である。

やはり雨の季節を選んで咲いている花なのだろう。


今朝はいつものように詩を書きながら

自分にしがみつくのと自分と向き合うのは違うのだと思った。

しがみつくのは執着であり見苦しさを感じるだろう。

向き合うのは自分をしっかりと見つめることなのではないだろうか。


ようは他人からどう見られるかではなく

自分がしっかりと自分を知ることだと思うのだ。


私の詩は賛否両論があるが最低限の誇りを持っている。

「これだけは譲れない」と胸を張っても良いのだと思う。





昼間は夫と二人で退屈を持て余していた。

何処かへ出掛ければ良かったと言ってみても後の祭りである。

茶の間で録画してあった番組を片っ端から見ていた。

「教場」「行列のできる相談所」「ポツンと一軒家」等。

私は特にポツンと一軒家が好きである。


山奥にあった祖父母の家を思い出す。一軒家ではなかったが

車一台がやっと通れるような酷道を行かねばならなかった。

山道の途中に防空壕の跡があったのをよく憶えている。

田舎なので空襲などめったに無かったのかもしれないけれど

まだ幼かった母も防空壕に入ったことがあったのではないだろうか。


山羊と鶏を飼っていた小屋や牛小屋もあった。

お風呂のすぐ横だったので入浴中に牛が顔を覗かせたこともある。

記憶は途切れ途切れであるがその時の驚きは今でも忘れられない。


牛小屋があった離れの二階が少女時代の母の部屋であった。

母には内緒でこっそりと上がり探検したことがある。

小さな勉強机が置いてあり引き出しの中に母のノートが入っていた。

何を書いているのだろうとドキドキしながら開いたのだった。

内容はすっかり忘れてしまったが短歌のようなものが記されていた。

文学少女のイメージは全く無かったが母にもそんな頃があったのだ。


母屋の裏庭には小さな池があり祖父が錦鯉を飼っていた。

台所の排水がそのまま池に流れるようになっていて

残飯などが流れて来ると鯉が群れて来てパクパク口を開けて食べていた。


台所には竈が二つあってご飯を炊いたり煮炊きをしたり

竈で炊いたご飯はとても美味しくて私はおこげが大好きだった。

祖母がそのおこげでおにぎりを作ってくれてなんと美味しかったこと。


「鶏さんの卵を取って来てや」祖母の声が懐かしく思い出される。

産みたての卵はまだ温かくて宝物みたいにして持って帰った。


「栄養があるきな」祖父は山羊の乳を搾り温めてから飲ましてくれた。

子供心にあまり美味しいとは思わなかったが残さずに飲んだ。



思い出していたらきりがない。まだまだ沢山あるけれど

今夜はこのくらいにしておこうと思う。



祖父母の家は今は廃屋になっており足を踏み入れることも出来ない。

池も枯れてしまってもちろん鯉の姿もなかった。


ただ紫陽花の花だけは大きな樹のようになって今年も咲いているだろう。






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