ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2023年06月11日(日) 光を求めて

小雨が降ったり止んだり。いかにも梅雨らしい一日。


夜明け前にしとしとと降る雨音を聴きながら詩を書いたが

いつも読んで下さっているK子さんから貴重な意見を頂いた。

忘れないためにもここに記しておきたいと思う。


まず私の詩は自己への改め、自戒であって前向きでない。

自己の殻を破れないので読んでいて重苦しさを感じる。

発信などせずにノートに書き自己を解放するべきなのだそうだ。

これにはさすがの私もカルチャーショックを受けたが

まともに受け止めてしまったら自分が壊れそうに思った。


私の貫こうとしていることを今更曲げるつもりはない。

「いのち」あってのことなのだ。生きることを大切に守りたい。

それがどうして「自戒」なのかよく分からなかった。


自戒とは自分自身を戒め律することであるが

私はそれほどまでに自分を戒めていたのだろうか。

そんなつもりは毛頭なかった。むしろ自分が愛しくてならない。


確かに暗い詩だったのかもしれないが最後には光が射していた。

それが希望でなくてなんだろうと思う。

暗いからこそ光が見えるのではないだろうか。

人は光あふれる場所でいつも微笑んでいなくてはいけないのだとしたら

哀しむことも嘆くこともなにひとつ無いのだと思う。

切なくて辛いからこそ「微笑み」が光になるのだ。


人生の大先輩でもあるK子さんの言葉はとても重かったが

今まで誰も言ってくれなかった貴重な意見だと受け止めている。

だからと言って「じゃあ明日から変わりますね」とはいかない。

ゆっくりと時間をかけて自分と向き合っていきたいと思っている。





予定通り朝からけい君を預かっていたが

まだ寝ている娘たちの部屋へ行きたがって止めるのに苦労した。

なんとかお昼まで我慢をさせて午後はあやちゃんが遊んでくれ助かる。

めいちゃんとはもうすっかり遊ばなくなってしまって

あやちゃんだけが頼りであった。二人でお散歩にも行っていたようだ。

思いがけなかったのは夕食も一緒に食べてくれたこと。

けい君もどんなにか嬉しかったことだろう。


難しい年頃だけれど思い遣りのある優しい子に育ってくれた。

私達と同じようにけい君を不憫に思っているのだと思う。


今回も入院は長引きそうで息子は今後の事を考えているようだ。

はっきり言ってもう限界なのかもしれないと私達も思っている。

どのような結果になってもけい君だけは守ってやらねばいけない。



今は色んなことが波のように押し寄せてきている。

これが「暗」なのだとしたらきっと光が見つかるのに違いない。

その時には私も心の底から微笑むことが出来るだろう。


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