雨が降りそうで降らず。この上ないような蒸し暑さとなる。
紫陽花が日に日に枯れ始めて憐れでならない。
特に純白の紫陽花は苦しんでいるように見える。
潔く散れたらどんなにか救われるだろうか。
私は決して純白ではないけれど黒い紫陽花でもない。
あらゆる花があるけれど黒い花はないのではないだろうか。
野に咲く花は黄色が多いが黄色い紫陽花もなかった。
決められた色とカタチ。花には花の生き方があるのだろう。

椎名誠の「北への旅」読了。東北北部の写真と旅行記である。
写真はすべてモノクロで雪のある風景などとても風情があって良い。
白と黒なのだ。混ざり気のない自然のありのままの姿である。
文章はとても軽快でさっぱりとしていて清々しい。
読んでいると無性に自分も書きたくてたまらなくなってくる。
そうして今、さあ書こうと意気込んでも思うように書けない。
もどかしくてならないけれど所詮素人のWeb日記であった。
毎晩こつこつと書き続けているがいつかは消えてしまう運命である。
せめて私が生きているうちはと思っているがどうなるのだろう。
死後の遺品にでもなれば救われるがそれも在り得ないと思う。
ようは「執着心」なのだ。自分の書いたものに執着する。
その欲さえ捨てられたら綺麗さっぱりと忘れられることだろう。
死んだら懐かしむことも思い出すことも出来なくなる。
息も出来なくなるのだから当たり前のことなのだ。
そうかと言って命にしがみつくのも程々にしようと思っている。
最近つくづくと「みっともない」と思うようになった。
まだまだ生きたいけれど「もういいかな」と思う時もある。
出来ればある日突然ではないのが理想的であるが
神様が決めるのか仏様が決めるのか分からないことだった。
まっいいかどうだって。死ぬ時が来ればみんな死ぬのだから。
だらだらと書き連ねているうちに収拾がつかなくなった。
酔いも回って来て意識も朦朧としてきてもう訳が分からない。
みっともない。ああみっともない。
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