ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2023年07月08日(土) あたりまえの危うさ

まるで梅雨が明けたかのような快晴。

厳しい暑さとなり一日中エアコンのお世話になっていた。

今朝の天気予報で高知と札幌の最高気温が同じと聞き驚く。

暑さに慣れない人達にとっては辛い一日だったことだろう。


朝食時、夫が「今日でもう4年か」と呟き一緒に頷く。

4年前の今日、入浴後に転倒し後頭部を強打したのだった。

救急車で県立病院に搬送されそのまま入院となった。

最初は経過が良くすぐに退院出来そうであったが

退院予定日の前日に「硬膜下出血」となり緊急手術となってしまった。

頭部の手術でありどれほど心配したことだろうか。

もし退院後の事だったら危うく手遅れになるところだった。


4年前のことであるがつい昨日のことのようによく憶えている。

あの言葉に出来ないような緊迫感はまるで悪夢のようであった。



ぎっくり腰は痛みの峠を越えたのか少しマシになったようだ。

昨夜は夕食後すぐにベッドに横たわっていたのだけれど

今夜は茶の間でのんびりとテレビを見ている。

颯爽と動けるようになるまではまだ数日掛かりそうだが

ひとまずは安心で私もほっと胸を撫で下ろしている。


とにかくいつ何があるやら分からないのだ。

怪我や病気だけではなく自然災害もあり得ることだろう。

平和であればあるほど「いま大地震が来たら」と不安になる時もある。


「あたりまえの危うさ」という言葉があるのを知っているだろうか。

なんだかしみじみと身に沁みるような言葉のように思える。


朝目覚めて空を仰ぎ夜明けを待つこと。

朝食の支度をし夫と向かい合って食べること。

洗濯物は乾くかしらと天気予報を見ること。

今夜は何が食べたい?と訊き買物にいくこと。

午後は眠くなったらお昼寝をすること。

娘と肩を並べて夕食の支度をすること。


数えたらきりがないほどの「あたりまえ」で溢れている。

それはとてもささやかな日常のことであるがもしそれが出来なかったら

それこそが「危うさ」なのかもしれない。

日々を暮らしながら何もかも当たり前のことだと思い込んでいる。

幸せを感じることもなければ感謝することもないのだろう。

それがある日突然に崩れてしまうことがあるのだ。

その時に初めてどれほど幸せだったのかを思い知るのだろう。


一日の終りに感謝する。有難うございました。

どうか平穏無事に朝を迎えられますように。


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