大気が不安定らしく時々ぱらぱらと雨が降った。
猛暑は和らいでいたが蒸し暑さは変わらない。
百日紅はやはり散れない花で実のようなものが付いている。
それが種だとしたら何処かに植えたら新しい木になるのだろうか。
我が家に土の庭があれば植えてみたいが生憎コンクリートの庭だった。
家を建てた時に土の庭は要らないと言ってしまって後悔している。
それにしても猫の額ほどの庭のこと。木が育つかどうか分からないが。
私が嫁いだ頃にはまだ古い家で中庭があった。
その庭もコンクリートであったが今の庭よりも広く
姑さんがプランターに沢山花を植えて育てていた。
それは舅さんが亡くなってからだったと記憶している。
花を見ながら寂しさを紛らし心を和ませていたのだろう。
家を建てる時に古い家は取り壊したが、花の行方は憶えていない。
姑さんが諦めたとは思えず仮住まいに運んだのかもしれない。

7月も晦日となりあまりの早さに途惑うほどである。
職場で義父と話していて立秋が近いこと、お盆が近いこと。
お盆を過ぎれば朝晩が涼しくなり秋めいてくることなど。
その頃には稲刈りもほぼ終わっていることだろう。
今日の義父はとても穏やかでほっと嬉しかった。
虫の居所が悪い時はおそらく忙しくて苛々しているのだろう。
私や同僚が邪魔をするわけはないがつい当たり散らしてしまう。
義父の性格は分かり切っているつもりだが辛く感じる時が多い。
ふと思うのは母はどうして義父を好きになったのだろうと。
遡ると母は28歳、義父は23歳の頃だったようだ。
今更二人に訊くことは出来ないがこれは永遠の謎なのだろうか。
運命の歯車のようなものが確かに動いていたらしい。
「運命」と言ってしまえば何もかもがそうである。
それは私のこれまでの人生にも当てはまることであった。
ひとつひとつ選んで来たのだ。どれほど迷ったとしてもだ。
過ぎたことよりもこれからをと最近はよく思うのだけれど
あとどのくらいなのかと思うと心細くてならない。
ある日突然に終るのならもっともっと精一杯に生きなければと思う。
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