| 2023年09月25日(月) |
心臓に毛が生えている |
山里は雨の一日だったが市内はさほど降らなかったようだ。
一雨ごとに秋が深まっていくことだろう。
朝晩は随分と涼しくなりエアコンも扇風機も要らなくなった。
彼岸の終りを知っているかのように彼岸花が枯れ始めている。
紅い彼岸花は燃え尽きたように黒くなっていく。
葉は花がすっかり終わってから見え始めるのだそうだ。
その葉も翌年の春になれば枯れてしまうらしい。
土の中では球根が逞しく生きているのだろう。
生い茂った葉が光合成により球根に養分を与えているのだそうだ。
だから葉をむやみに刈ってはいけないらしい。
そんな枯れ始めた彼岸花の傍に黄色い彼岸花が咲いていた。
「しょうき水仙」と言って彼岸花の仲間だと云うこと。
白、紅の次に咲き始めるのでまだしばらくは楽しめそうである。

午後、思い立って母に電話をしてみる。
まだ意識はしっかりしているので繋がるかもしれないと思ったのだ。
そうしたら介護士さんが出てくれてすぐに母と代わってくれた。
開口一番に「まだ死にそうにない」と少しおどけた声が聴こえた。
笑っているようでいて弱々しい。母の精一杯の声なのだろう。
息が苦しそうにあったので長話は出来なかったけれど
「また電話するね」と私が言ったら「ばいばい、またね」と母の声。
電話を切ってから確信したのは今月いっぱいだなんてあり得ないと
医師はもう諦めているのかもしれないが私はまだ諦めてはいない。
それは義父も同じで私の傍で大きく頷いていたのだった。
確かに気力だけで生きているのかもしれないが母の気力は並大抵ではない。
心臓に毛が生えていると言ってもいい。それはとても逞しい心臓だ。
「もうボロボロですよ」と医師は言うが手に取って直に見たのだろうか。
医学的なことはいくら説明を受けても理解できなかった。
レントゲンに母の心臓の毛が映るわけがないのだ。
母はこれまで何度か生死の境を彷徨ったことがあるけれど
その度になんとあっけらかんと乗り越えて来たことだろう。
それもこれも心臓に生えている逞しい毛のおかげである。
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