夏の名残を感じるような真夏日。秋はすぐそこまで来ているのだろう。
急がずゆっくりで良いと思う。私はまだ秋にはなりたくなかった。
午前中に施設のケアマネさんから電話がある。
母の様子がいつもと違うこと。一気に弱ってしまったらしい。
一昨日電話で話したばかりだったのでとても信じられなかった。
出来れば面会に来て欲しいと言う。私はひとつ返事では頷けない。
ただ自分の目で母の様子を確かめなければ気が済まないと思った。
仕事を終えてからすぐに駆け付けたが母は個室に移されていた。
ベッドに横たわっている姿を見るなり自分の目を疑う。
ほとんど生気を感じられずもうすでに死んでいるかのように見えた。
かすかに胸が動いている。それはそのまま母の「いのち」である。
息が苦しそうなので酸素マスクをと医師が勧めてくれていたが
母は断固としてそれを拒否する。その時だけ大きな唸り声を発した。
よほど嫌なのだろう。こればかりは無理強いは出来ないのだそうだ。
一時間ほど傍に付き添っていたが沈黙が怖ろしくてならない。
母は私の声には微かに反応を示すが自分からは一言もしゃべらなかった。
もう声を発する力も気力も無くなってしまったのだろう。
せめて目を開けてくれたら通じることもあるのではと思ったが
必死に開けようとしていてもそれが開くことはなかった。
「おかあちゃん見て、私のこのすごい白髪を」と言ってみたが
もう笑い声も聴こえない。血の気の失せた真っ白な顔が見えるだけだった。
後ろ髪を引かれるようにして部屋を出たが
覚悟というよりもうこれは観念としか言いようがなかった。
とうとう諦める時が来たのだと思う。そう思う以外にない。
と、これが今日の私の面会であったが先ほど義父から電話があり
夕方から2時間ほど付き添っていたが母と話せたと云うのだ。
これにはびっくり。まるで母に騙されていたように思う。
母は義父の姿を見るなり「喪服を着た人が来た」と言ったそうだ。
しっかりと目を開けていてそんな冗談も言えたのだろう。
そうして何よりもあんなに嫌がっていた酸素マスクを付けたのだそうだ。
義父が「何か食べたいもんはないか?」と訊いたら
迷う様子も見せず「葡萄が食べたい」と応えたらしい。
「おう、明日持って来てやるから頑張れよ」と父が言うと
とても楽しみな様子でにっこりと笑っていたのだそうだ。
なんだか狐につままれたような話であったが本当のことである。
覚悟やら観念やらは何処に消えてしまったのだろう。
今の私は微かな希望の光を追い求めている。
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