午後7時。外はもうすっかり夜になっている。
虫の声が微かに聴こえているがずいぶんと弱ったようだ。
虫も死んでしまうのだろうか。それとも冬を越すのだろうか。
道路沿いにはセイタカアワダチソウが色づき始めた。
黄色い三角帽子のような花だ。花粉症の原因になるので嫌われ者だが
私は好きだなと思う。いったい花に何の罪があるのだろう。
セイタカアワダチソウには秋桜よりも芒が似合う。
川辺だとそれがいっそうに映えて秋らしい風景となるのだった。

山里には今日も弔問客が。昨日程ではなかったが10人位だったか。
工場の事務仕事は殆ど手が付かず応対に追われていた。
急ぎの整備もあったが義父は全くやる気が起こらないらしい。
溜息をつくことが多く時々ぼんやりと考え事をしているようだった。
心配になって訊けば昔のことを思い出していたのだそうだ。
母も義父もまだ若い30代の頃のことらしい。
50年以上もの歳月が流れている。私は知る由もなかった。
別居期間が長かったとは云え夫婦だったことには変わりない。
私は母と12年しか暮らしていないが義父はずっと長いのだ。
母の家族は義父一人きりと云っても過言ではないだろう。
言い換えれば私と母が家族だったのはわずか12年のことである。
だから今回私は家族を失ったとは言えないのだと思う。
じゃあ何を失ったのかと問うと答えが出て来ないのだ。
「母」とはいったい何だろう。私を生んでくれた人だろうか。
その母を失ったのに私はどうして悲しまないのだろう。
最愛でなかったのは確かなことである。
どれほど歳月が流れようと私は母を赦すことはないのだと思う。
|