爽やかな秋晴れ。気温は夏日だったが少しも暑さを感じなかった。
遍路道に金剛杖の鈴の音が響く。秋遍路さんがずいぶんと多くなる。
最近は外国の方をよく見かけ今日も男女二人連れが歩いていた。
以前のように声を掛けることも殆どなくなってしまって
ふれあうことが出来ないが会釈をすることだけはずっと続けている。
気づいてくれたら嬉しいが目が合うことはなかった。
一生懸命に歩いているのだからそれが当たり前のことだろう。
会釈はエールである。そうして旅の無事を祈っている。

今日も仕事が忙しく残業になった。
同僚がお母さんの入院している病院へ行ったので
工場の仕事は義父が引き受けてくれて助かった。
同僚のお母さんは食事が摂れなくなったそうで心配である。
もう90歳を過ぎているので老衰もあり得るかもしれない。
午後3時、義父はまだ昼食も済んでいなかった。
ご飯は炊いてある。大根も煮てあると誇らしげに言う。
その時、母の思い出話になった。料理がとても上手だったこと。
そうして亡くなる寸前まで義父の食事の心配をしていたこと。
義父も私ももう二度と母の手料理を食べられなくなったのだ。
帰る前に母に会いに行く。足が痛く玄関の敷居に上がれない。
仕方なく這って母の仏前まで行った。
なんとみっともない恰好だろう。我ながら情けなかった。
母にあれこれと話し掛けたがもちろん母の声は聴こえない。
それでも母がちゃんと聴いてくれているように感じた。
そうなのだ。母は決して遠い処に行ってしまったのではない。
すぐ近くに寄り添っていて見守ってくれているのだと思う。
母のことを書いた詩を高知新聞に送った。
|