朝はひんやりと肌寒く日中は夏の名残を感じた。
10月も半ばを過ぎたけれどまだ夏日の日があるのだろうか。
たとえ伝えたい人が居ても直球はいけないと今朝は思った。
かと云って回りくどいのもあまり好きではない。
やんわりとしていてもしっかりと届く詩でなくてはいけないのだ。
そうして決して下心を持たないこと。見返りを求めないことだ。
50年以上も書いて来たが私はまだまだ未熟なのだと思う。

今朝は出勤までのわずかな時間に昨日借りて来た本を開く。
読み始めてすぐに違和感を感じた。これは田辺聖子ではない。
図書館でうっかり間違えて選んでしまったらしい。
改めて本の表を見ると「田中美智子」と書いてあった。
有名な作家ではあるだろうが初めて知った名前だった。
1922年生まれと紹介されているのですでに亡き人であろう。
予備知識は全くないがこれも何かの縁だろうと思うのである。
大げさに云えば「未知との遭遇」のようなものなのかもしれない。
本にも出会いがあってなんとなく手に取った本だったり
誰かから贈られた本がとても好きになることがあるだろう。
私は偶然にも田中美智子さんに会ってしまったようだ。

仕事が忙しく今日も残業となった。西日を浴びながら帰路につく。
スーパーで献立に悩みながら超簡単な「天下茶屋」にする。
天下茶屋は宿毛市にある有名な野菜炒めの専門店である。
牛肉バージョンと豚肉バージョンがあって焼き肉のタレで食べるのだ。
今夜の我が家は「牛天茶」にした。家族は皆豚よりも牛を喜ぶ。
キャベツ、もやし、ニラと先にフライパイで炒めてから
どさっとホットプレートに載せるのだった。その方が高級感がある。
牛肉はあらあらという間に無くなり残った野菜をお皿に移すと
今度は目玉焼きを作るのが定番であった。
目玉焼きを焼き肉のタレで食べるとこれがまた美味しいのだ。
家族が皆食べ終わってからやっとあやちゃんが二階から下りて来る。
もうすでにホットプレートは片付けられておりお肉も冷めている。
「あやちゃん、お肉は足りるかね?」と訊くと
「うん、いっぱいあるけん大丈夫」と笑顔で応えてくれて嬉しかった。
みんなと一緒に食べたらもっと美味しいだろうなと思うけれど
何も言ってはいけないのだそうだ。そう娘が言う。
複雑な気持ちも寂しさもあやちゃんの笑顔にはかなわない。
|