待ち望んでいた「立春」昨夜からずっと小糠雨が降っている。
この雨が上がれば春らしい陽射しに恵まれることだろう。
三寒四温を繰り返しながら季節は確実な春になろうとしている。
目覚める寸前まで恵(けい)ちゃんの夢を見ていた。
音信不通になってから20年近い歳月が流れたが
これまでも時々夢に見ることがあり不思議でならない。
その度に何かあったのではないか。元気にしているのだろうか。
まるで母親が息子を想うように心配でならなくなるのだった。
縁を切ったつもりでもまだ縁が続いているのかもしれない。
そんな証はもう何処にも残ってなどいないが何かを感じるのだ。
当時は大学院生だった。そうして教員免許を取得し中学教師となった。
精神面に不安を抱えており何らかの支えが必要に思う。
私は誠心誠意そのための苦労を惜しまずに接してきたつもりである。
しかしいくら親子ほど歳が離れていても男と女だったのだろう。
「愛情」と一言では言い尽くせない大きな葛藤が待っていた。
私は離れる決心をした。それがお互いのために最善のことに思えたのだ。
そうして歳月が流れていく。もう二度と繋がることはなかった。
一度も会ったことのない恵ちゃんの夢を見る。
その姿はおそらく私の空想なのだろう。
けれども確かに存在している「いのち」に他ならなかった。
失ってなどいなかったのだと思う。
そうして恵ちゃんは私に春を届けに来てくれたのだ。

今夜は手作り餃子を作った。めいちゃんも手伝ってくれて62個。
いつもは焼くだけの餃子を買って来るがやはり手作りが美味しい。
それなら度々作れば良いがあまりにも手間が掛かり過ぎる。
キャベツの千切りは売っているがどうしてみじん切りがないのか。
まな板の上で散らばるキャベツと格闘をしなければならない。
自慢ではないが我が家の餃子は最高である。
市販のどの餃子よりもラーメン屋さんの餃子よりも美味しいのだ。
これだけは誰にも負けないと自慢の餃子であった。
しかし餃子好きのあやちゃんがあまり食べてくれない。
娘婿もホットプレートでハムを焼いて食べていた。
なんでや。これにはいささかショックで少し落ち込んでしまった。
どんな時もあるものだ。気分屋のあやちゃんは餃子の気分ではなかった。
娘婿も餃子よりもハムが食べたかったのに違いない。
夫や娘、めいちゃんが喜んで食べてくれたので良しとしよう。
小糠雨降る御堂筋。そんな歌もあったっけ。
御堂筋は大阪市だ。恵ちゃんの住んでいる町と近い。
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