二十四節気の「雨水」雪が雨に変わり春の兆しが見え始める頃。
そんな「雨水」を待ち兼ねていたようにまとまった雨が降る。
風も強く吹きなんだか春の嵐のような一日だった。
昔から農耕の準備を始める時期とも言われていて
義父がそわそわと落ち着かない。しかし大雨では農作業も出来なかった。
仕方なく諦めた様子で工場の仕事を手伝ってくれ大助かりである。
同僚も頑張ってくれて2台の車検を仕上げることが出来た。
どちらも大掛かりな修理が必要で一週間も預かっていたので
私もほっと肩の荷が下り心地よい達成感が待っていた。
2月の予約は全て埋まりもう3月の予約が入り始めている。
ぼちぼちではいられず気を引絞めて取り組まなければと思う。
仕事は忙しいほど張り合いがある。嬉しい悲鳴をあげずにはいられない。

8時半から7時間ぶっ続けで働く。お昼休みもなかったので
ゆっくりと短歌を詠む時間がなかった。
しかし焦ってはいけないと自分に言い聞かせながら
義父が昼食を摂っている間になんとか3首書くことが出来た。
長年短歌に携わっているけれど技法には全く無知である。
私が今試みているのは「連詠み」のようなもので
ひとつの短歌の最後の言葉を次の最初に詠む方法である。
例えば昨日は「幻想」で終わったので今日は「幻想」から始める。
「幻想に惑わされては歳重ね若き日の夢いずこかへ去る」
次は「去る」なので
「去る者は追わずと決めているけれど後ろ髪引く熱き指先」
これは最初「憎き指先」と書いていたが違和感があり書き直した。
次は「指先」である。
「指先でなぞるような過去があるあの日あの時私はおんな」
書き終わってからこれは面白いことになったと思った。
当然のことながら明日は「おんな」から始めなければいけない。
老いぼれの婆さんがいい歳をして穴が在ったら入りたいくらいである。
しかしなんとしてもやり遂げるのが私の信念ではないだろうか。
きっと書いて見せよう。我ながら明日が楽しみになって来た。
おそらく仕事をしながら頭の中は「おんな」で溢れることだろう。

今夜もにこにこ笑顔のあやちゃんに会えた。
私と娘が夕食の支度をしていたら二階から下りて来て
なんと珍しく揚げ物を手伝ってくれたのだった。
くくっと笑い声。久しぶりに聞く「鳩ぽっぽ」だった。
食事中も会話が弾み父親としきりに話し込んでいた。
冗談を言い合ったりふざけ合ったりなんと楽し気な笑顔だろう。
幼い頃からずっと明るく朗らかな子だった。
この一年近く何を悩み傷ついていたのだろうと思う。
葛藤はまだまだ続くのかもしれないけれど
「もう過ぎ去ったこと」がきっとあるのに違いない。
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