よく晴れて陽射しはたっぷりとあったが風が強く冷たかった。
「弥生つめたい風」高校時代に大好きだったNSPの歌である。
今日は県下の公立高校で卒業式があったようだ。
昭和49年の卒業式も3月1日だったことをよく憶えている。
もうほぼ半世紀の歳月が流れてしまったことを感慨深く思い出す。
私にとっては生涯忘れることの出来ない一日となった。
そうしてその数日後に私の犯した罪はなんと悲惨だったことか。
その罪を償うことも出来ず今まで生き永らえて来た。
どんなに悔やんでも悔やみきれない汚点のような「過去」である。
私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
今が幸せならばそれでいいとどうして思うことが出来よう。
そんな綺麗ごとで済まされるようなことではない。
たとえ死んでも赦されることではないのだ。それは私の永遠の「罪」である。
散り急ぐ桜の花よ魂よ抱かれもせずに遠ざかる春

声は少し出るようになったが今日は咳が酷かった。
激しく咳き込み胸が苦しくてならない。
涙が出て鼻水が出て恥ずかしい話だが尿も漏れる。
明日行く予定の病院に電話したら咳も発熱と同様の扱いなのだそうだ。
まず感染症を疑うらしく直ぐには診てもらえないらしい。
受付の女性がきつい口調で「直接は来ないで下さいね」と言う。
予め電話をして医師の指示に従わなければいけないのだそうだ。
それ程までに警戒しなければいけないのかと腑に落ちない。
幸い自分の名を名乗っていなかったので禁を破ることに決めた。
直接行ってもし咎められたらその時のことである。
ようは待合室で咳をしなければ済むことなのだ。
出来るのかそれが。自信はないが当たって砕けろである。

このところずっとあやちゃんの機嫌が良くてほっとしている。
確かに以前とは違う変化が表れているが誰も口に出さない。
はらはらと心配することもなくなり家族皆が明るく接している。
この春には6年生になるがどうなるのだろう。
もしかしたらそのまままた一年が過ぎてしまうのかもしれない。
私はそれでも良いと思っている。もちろん娘達も同じ気持ちだろう。
あくまでも世間の「カタチ」に拘ってはいけないのだ。
あやちゃんは自分なりのカタチを作り続けているのだと思う。
それが正解かどうかはあやちゃん自身が決めることだ。
弥生三月。きっと新鮮な日々が待っているのに違いない。
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