ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年03月03日(日) 塵も積もれば山となる

今朝はほぼ氷点下の冷え込みであったが日中は暖かくなった。

雲一つない青空である。降り注ぐ陽射しのなんと有難いことか。


何処かに出掛けてみたくなり夫に相談してみたが

迷う風もなく即刻に却下される。いささかショック。

もうすぐ72歳になろうとしているが運転が億劫になったようだ。

よほど気が向かない限りもうドライブは無理なのかもしれない。


そう云う私も独りでは何処にも行けない。

以前は海を見に行ったり写真を撮りにあちこち出掛けたものだった。

もうそんな行動力はなく今はひたすら夫に頼るばかりである。


家に居ると寝てばかり。最低限の家事をするだけである。

読書も全くしなくなって久しい。読みたい本が見つからないのだ。


午前中に一時間ほど寝て午後も三時間寝る。

身体が腐ってしまいそうだ。どんどん活力が失われていく。

「休みたんびによく寝れるもんだな」と夫は呆れ返っているが

何処にも連れて行ってくれないあなたも悪いのでしょう。




おひな祭りだがお雛様は飾らずいつもと変わらない日曜日。

せめてもと思い夕飯は「手巻き寿司」にした。

娘もケーキを買ってきておりささやかにパーティーである。

イクラと甘海老が大好きなあやちゃん。めいちゃんはシーチキンが好き。

私は鮭を。夫は遠慮もせずに鮪ばかり食べていた。

再来週の日曜日は夫の誕生日なので焼き肉の予定である。

食べたいだけ食べさせてあげなければいけない。



SNSである方から「毎日短歌を3首もよく詠めますね」と

誉め言葉とも受け止められるコメントを頂いた。

それは決して才能でも素晴らしいことでもないのだと私は思っている。

「発作のようなもの」と私は応えたのだが

正にそうだと後からじわじわと実感が込み上げて来た。


詩も短歌も書こうと思って書いているのではない。

それは私の中から自然と湧き出て来るものなのだ。

止めようとしても止められない正に発作ではないだろうか。

その発作を見せびらかしている。汚物かもしれないものでも。

私はいかにもきれいなモノであるかのように発信しているのである。

それはおそらく死ぬまで続くことだろう。

「塵も積もれば山となる」とはこのことである。

一年で365編の詩。短歌はなんと1095首に及ぶ。

私が死んだらそれらすべてが泡のように消えてしまうのに違いない。


いいさそれでも。だって元々塵だもの。

風が吹いたら真っ青な空に飛んで行くんだ。



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