| 2024年03月05日(火) |
新じゃが芋のガレット |
二十四節気の「啓蟄」春の気配を感じた虫たちが土の中で動き出す頃。
寒の戻りはあっても季節はたしかに春なのだろう。
三寒四温を繰り返す早春の頃が私はなんとなく好きである。
冬と春が互いにせめぎ合っている。それは勝ち負けではなくて
まるで身を引くように冬がゆっくりと退いていくのだ。
木の芽起こしの雨だろうか。小糠雨が降る一日。
帰宅したら玄関先の桜草がぐんにゃりと倒れていた。
風はなかったが雨に打たれてしまったのだろう。
優しい雨だと思っていたが満開の桜草には辛かったのかもしれない。
雨に悪気はない。桜草はそろそろ終わり支度を始めているのだ。

職場に着くなり義父が大きな飴玉の入った袋をくれた。
氷砂糖をまぶした昔ながらの飴玉で懐かしい。
煙草を吸いたくなったら飴玉をしゃぶるようにと言って
私の声が出ないのをとても親身になって心配してくれているのが分かる。
昨日はもう禁煙はしないと決めていたがなんとも心苦しくてならない。
今日は少しでも節煙しようと努力した一日だった。
しかし結果は義父を裏切るようなことになってしまい申し訳ない。
情けないけれどこればかりはどうしようも出来なかった。
やはり狡さが勝つ。禁煙をせずに声帯を回復させようとしているのだ。

夕飯に「新じゃが芋のガレット」を作った。
昨夜SNSでぼのさんに教えてもらったレシピである。
ぼのさんは男の料理の天才でいつも美味しそうな料理を作っている。
多忙な仕事の傍ら畑仕事もしていて色んな野菜を栽培しているのだ。
もう10年以上も前のことだが「聖護院大根」の種を送ってもらった。
その頃の私は姑さんの畑を受け継いで畑仕事に目覚めていたのだ。
大根や白菜、キャベツにえんどう豆。収穫する時のなんと嬉しいこと。
何よりも無農薬なので安心して美味しく食べられたのだ。
しかしそんな楽しみも長続きはしなかった。
夫が除草剤を撒き過ぎてしまって野菜が作れなくなってしまったのだ。
せっかくぼのさんが送ってくれた種も発芽はしたが緑ではなかった。
もうすでに枯れたかのように茶色の芽が出たのだった。
私はそのことをどうしてもぼのさんに言えなかった。
もう昔のことなのに未だにそのことが心苦しくてならない。
ぼのさんあの時はありがとう。そうして本当にごめんなさい。
「新じゃが芋のガレット」は我ながら上手く出来て美味しかった。
初めて作ったのに夫が喜んで食べてくれて意外だった。
食べず嫌いの人なのに珍しいこともあるものだ。
あやちゃんとめいちゃんは気に入ってくれただろうか。
今夜は夕食が遅くまだ食べていないのが残念である。
ぼのさんとはネット空間で出会ったがかれこれ20年になる。
もちろん会ったこともないが私が最も信頼している人だ。
私の部屋のカレンダーにはぼのさんの誕生日が記してある。
もう20年もそれは消えることはなかった。
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