黄砂だろうか少し霞みがかった空であったが気温が高くなり
27℃の夏日となった。もうすっかり初夏の陽気である。
今朝はいつものように4時に起床し窓の外を見ておどろく。
何と燃えているように紅い月が見えていた。
川向の山の上である。まさに沈もうとしていたのだろう。
後から知ったのだが「フラワームーン」と名付けれた満月だったようだ。
午前1時45分に満月になったのだそうだ。
久しく月を見ることはなかったが何と幻想的な月だったことだろう。
満月の頃は大潮である。潮が引けば誰かが死に
潮が満ちれば誰かが生まれると云われている。
引力と人の命は深い関りがあるようだ。

田んぼの代掻きが一段落したそうで珍しく義父が居た。
次は田植えだが来週あたりに予定しているようである。
今はまだ早稲で全ての田植えが終わるのは来月らしい。
米作りの苦労は大きく気が遠くなりそうであった。
年始からの怪我に加え二度の入院と重なりどれほど焦ったことだろう。
けれどもその強靭な精神力には誰も敵わないと思う。
午前中にオーストラリアから移住して来ているコナン君が来てくれた。
先日初めての赤ちゃんが生まれたのだが心臓に欠陥があったのだそうだ。
生後10日で手術のため岡山の病院へ向かい大きな心配であった。
幸い手術は成功したが2か月の入院が必要とのこと。
コナン君は仕事があり後ろ髪を引かれるように帰って来たらしい。
片言の日本語で「ダイジョウブ」と告げるのが精一杯である。
赤ちゃんは女の子で名前は「ニーナちゃん」だった。
どんなにか可愛らしいことだろう。早く会いたくてならない。
奥さんの車の修理を頼まれていたのだが直り次第に売却するとのこと。
余程暮らしに困っている様子が窺え可哀想でならなかった。
村の行政で助けてやれないものだろうかと願うばかりである。
若い二人がどうして山里に移住して来たのかは分からないが
縁あってこそである。どこか故郷に似ているのかもしれなかった。
満月の夜であるが窓からは見えない。
明日の夜明け前にはまた紅い月が見えることだろう。
潮は大きく引きそうしてひたひたと満ちていく。
「いのち」が揺らぐ。決して失ってはならないと強く思う。
お月さん桃色誰が云うた 海女が云うた 海女の口を引き裂け
高知県西部に古くから伝わる歌である。
※以下今朝の詩
紅い月
川向の山に落ちようとする 燃えているように紅い月だ
川面には火が灯る 魚達も目を覚まし 潮に身をまかせる
夜風が朝風に変わる頃 一筋の光が降りそそぐ 陽に押しやられるように 落ちていかねばならない
哀しみはそうして消える もう誰も苦しみはしない
夜が明けようとしている とうとう月は落ちてしまった
|