ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年09月04日(木) 運命の歯車

台風15号の接近でかなりの雨が降る。

今は止んでいるが明日の朝にかけてまた大雨になりそうだ。

暴風圏内のない台風だそうで風は大したことがないかもしれないが

台風には違いなく用心に越したことはないだろう。

怖いのは雨で線状降水帯が発生するかもしれないとのこと。

各地に水害がないことを祈るばかりである。


仕事はほぼ順調であったが雨が工場に降り込むためシャッターを閉めた。

私も早めに退社したが帰り道の雨の何と凄かったことだろう。

前が見えないほど降るとさすがに怖くてならない。

市内まで戻ると小雨になりとてもほっとする。



幸い稲刈りは昨日で終了。義父の機嫌がとても良かった。

今日は荷造りかと思っていたが工場の仕事を手伝ってくれる。

同僚は一般修理をしていたが義父のアドバイスが必要であった。

手取り足取りではなく同僚にヒントを与えるのが義父の方針である。

見ているととても微笑ましい。同僚も素直に従い師匠と弟子であった。


3時過ぎには帰宅していてテレビの台風情報を見ていた。

そのうち眠ってしまったらしく目覚めればもう5時である。

娘が「今夜は何かね?」と訊いてくれ献立を告げると直ぐに作り始めた。

誰に似たのか手際よくちゃちゃっと作ってくれて大助かりである。


思い起こせば中学、高校と「帰宅部」だったのでよく手伝ってくれた。

バスケットをしていたのだが膝を痛め運動が出来なくなってしまったのだ。

諦めるのは辛かったと思うが我が家の「料理部」に入部した。

それからかれこれ30年だろうか。娘はもう立派な主婦である。


私も13歳から主婦をしていたが全て見よう見真似であった。

母の味を思い出しては同じ味にするのに苦労したものである。

父も弟も喜んで食べてくれたのがとても嬉しかった。

「やれば出来る」のである。そうして自信をつけて行く。


今朝も「昭和シリーズ」の詩を書くことが出来たが

読み返せば何だか涙が出そうになるのだった。

先日義父は「運命」だと云ったがその歯車が目に浮かぶ。

歯車は軋み音を立てながら回っていたのだろう。

誰もが傷ついたがそのおかげで今の幸せがあるのだと思う。


「おとうさん」と呼べばもう義父しかいない「いま」であった。


※以下今朝の詩(昭和シリーズより)


    むっちゃん

 父の狩猟仲間に
 「むっちゃん」と云う青年がいた
 すぐ近所だったので
 しょっちゅう遊びに来て
 父とお酒を酌み交わしていた

 私にはギターを教えてくれたり
 リカちゃん人形を買ってくれたり
 優しくて大好きなおにいちゃんだった

 今思えば母も好きだったのだろう
 むっちゃんが来てくれた夜には
 腕を振るいご馳走を作っていた

 父と母が喧嘩を始めると
 父の暴力は凄まじくて怖ろしい
 母が殺されるのではないかと思った

 むっちゃんは母を庇った
 まるで楯のようになり母を守ったのだ
 母は決して涙を見せない
 いつも歯を食いしばって耐えていた

 もう半世紀以上も昔のことである
 歳月の嵐は荒れるばかりで
 そこには運命が渦巻いていた

 いま私はむっちゃんのことを
 「おとうさん」と呼んでいる





 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加