ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年10月08日(水) 恋の真似事

二十四節気の「寒露」露が冷たく感じられる頃であるが

今日も30℃を超える真夏日となった。

太平洋上にある台風の影響かも知れないが

季節外れとしか云いようがない暑さである。


朝の山道にお遍路さんの休憩所があり

花瓶から溢れんばかりの秋桜が活けられていた。

昔からの遍路道である。地元の人のささやかなおもてなしだろう。

ふと足を止めて一休みしたくなるような場所であった。


峠道を越え山里に差し掛かると道端の秋桜の何と愛らしいこと。

私の好きな白い秋桜も咲いていてほっとするように心が和む。

朝の道が楽しみでならない。そうして気力が湧いて来る。



今日は義父の82歳の誕生日だった。

休養日と決めたのだろう午前中は乗用車で出掛ける。

帰ってからも仕事はせず居室でゆっくり休んでいたようだ。

滅多にない事なので私もほっとしていたのだが

午後2時になると急に思い立たったように田んぼに出掛けて行った。

一番暑い時間帯であるが暑さにはもう慣れているのだろう。

「さあやるぞ」と何とも勇ましい姿であった。


週末には友人達が「誕生日会」をしてくれるのだそうだ。

それが嬉しく楽しみでならない様子だった。

独居老人には違いなく友人達にどれほど救われていることだろうか。


工場の仕事は今日も忙しく飛び込みのお客さんもあった。

同僚は厄介な車検整備をしておりいささか機嫌が悪い。

直ぐには対応出来ず夕方まで待ってもらうことにする。

タイヤ交換であったが予約なしの場合は本当に困るのだった。

同僚が「後から後から」と文句を云うので私の権限で一喝する。

どれほど忙しくても「出来ない」では済まされないのだった。

同僚には負担を掛けるが無理を承知で頼るしかない。


整形外科のリハビリがあり3時前に退社した。

3時40分の予約であったが15分前には順番が来る。

施術中は目を閉じている事が多いのだが今日は薄っすら目を開けてみた。

U君の顔が直ぐ近くに見え年甲斐もなくドキドキする。

ようく見ると何とイケメンなのだろう。まるで芸能人みたいだった。

そんなU君に足から腰まで揉み解してもらい私は幸せ者だと思う。

リハビリ室からエレベーターで階下に下りる間もドキドキが止まらない。

老いらくの恋ではないがその真似事を始めるのも良いかもしれなかった。


4時半に帰宅。もう横になる時間もなかったが10分だけ寝転ぶ。

5時になれば娘が率先して炊事をしてくれるので大助かりであった。

茄子を揚げたり南瓜を揚げたり至って質素な夕食である。


あやちゃんはやはりめいちゃんを避けている様子で

めいちゃんもそれを感じていて一緒に食べることは殆どなかった。

あやちゃんは両親と一緒に食べるのだが

めいちゃんは二階で独りで食べている。

寂しくはないかと気遣うのだがそれが当たり前になったこの頃だった。

老婆心を突き詰めれば切りがなく単に両親の取り合いにも思える。

めいちゃんのパワーには到底叶わないあやちゃんであった。

片や優等生。片や不登校。比べるのはあまりにも憐れである。

ただ両親と一緒に夕食を食べているあやちゃんの笑顔が嬉しかった。


トンネルの出口は見えているが歩み出せずにいるのだろう。

もう少しあと少しに思うが誰にも未来が分からなかった。

笑う時には「くっく」と鳩ぽっぽのように声を出すあやちゃんである。


※以下今朝の詩


      時

 一秒ごとに進む「時」がある
 秒針であることは忙しなく
 休むことも許されないが
 まるで使命のように進むのだった

 刻々と夜明けが近づいている
 真っ暗な空が薄っすらと明るむ
 土手の芒の穂が姿を現し
 風の行方が見える頃である

 一秒を粗末にしてはならない

 ただ淡々と時を刻んでいるが
 苦労や哀しみもきっとあるだろう

 癒すための薬にもなり
 涙を微笑みに変えることも出来る
 それは未来であり希望でもあった

 「時」として生きている
 どれほどの息だろうか
 確かめてやらねばならない



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