春を通り越して初夏ではないかと思う程の暖かさであった。
九州では夏日だった地域もあったそうだ。
まだ3月だと云うのにこれも異常気象だろうか。
長期予報では今年は夏の訪れが早く猛暑が続くとのこと。
冬よりも夏が好きだが暑さに身が堪えることだろう。
菜の花に蝶々が戯れる季節が一番良いのかもしれない。
朝の山道では春遍路さんを6人も見かけた。
一人は逆打ちで何とジョギングをしており驚く。
背中にはリュックを背負っておりお遍路さんに違いない。
それにしても走り遍路とはよほどの健脚なのだろう。
どのお遍路さんにも声を掛けることが出来なかったが
会釈をしながら旅の無事を祈った。

早朝から田んぼに行っていた義父が10時には帰って来てくれて
2台の車検に取り掛かり事務仕事も大忙しとなった。
タイヤ交換の来客もあり対応に追われる。
お昼にはやっと一段落していたが山里に一軒だけあるスナックのママが
お花見をするのだと云って義父を連れ去って行った。
義父の友人達も集まっているとのことどうやら昨日から話は出来ていたらしい。
いくら楽しみな事とは云え同僚と二人で呆れ返る。
しかし働きづめの義父にとっては良き骨休みとなったことだろう。
午後には車検済みの車を引き取りに来てくれたお客さんから大目玉を食らう。
オイル交換時期になっていたので交換したのだが
勝手なことをしたと凄い剣幕で怒るのだった。
「社長を呼べ」と云われたが社長は楽しいお花見である。
オイル交換はサービスにするからと申し出たが
「そんな問題じゃない」と怒りが収まらなかった。
車検を引き受けた時に確認をしなかった私が一番悪いのである。
これは今後も在り得ることで良い教訓になった。
お客さんは散々怒鳴り散らしていたが
最後には私の手を握り「怒ってごめんよ」とにっこりと微笑む。
そうして即金で支払いを済ますと手を振って帰って行った。
嵐は去ったが自分の非が辛く後味の悪い出来事となる。
もし義父が居たら同じように叱られていたことだろう。
タイミングよく例のお客さんから電話があり
庭に「いちりん草」が咲いたとのこと。
おまけに蕗も湯がいてくれているらしい。
「直ぐにおいで」と云ってくれて嬉しかった。
いちりん草を見たのは初めてであったが
白い小さな花で何とも可愛らしい。
「にりん草」との違いも教えてくれて勉強になった。
庭にはまだ珍しい花が植えられており咲いたら知らせてくれるとのこと。
お客さんも私と語らうのが楽しみでならないようだ。
義父とは遠縁にあたるとのこと。他人には思えない人であった。
会社に戻れば同僚も早退を申し出ていた。
お花見ではないが今夜は友人達と飲み会があるらしい。
同僚にも楽しみがあって何よりに思う。
私も定時で仕事を終えアイスを食べながら帰る。
これは週末の楽しみで「チョコもなかジャンボ」だった。
帰宅して茶の間で寝転べば睡魔が襲って来る。
今日はお昼休憩もなかったので疲れが出たのだろう。
今週もよく頑張ったなと思う。精一杯の日々であった。
ふっといったい何処に向かっているのだろうと思う時があるが
ゴールは未だ見えずひたすら走り続けている。
とは云え不自由な足である。いつだって限界はあり得るだろう。
その時に弱音を吐くのか立ち上がるのか定かではない。
「道がある限り」そんな綺麗ごとでは済まされなかった。
今日の一歩。明日の一歩。死ぬまで走り続けるのだろうか。
※以下今朝の詩
紺青
永らえば永らうほど深くなる それは濃く紺色の海に似ていた
少女は失うことを知り 死を選ぼうとしたが 足が竦み一歩が踏み出せない
岩に当たって砕ける波は どれほどの痛みだろうか 水しぶきが叫ぶ声がする
思い留まれば未来しかない 十年後の姿がぼんやりと浮かぶ
生きてさえいれば叶うことが きっとあるような気がした
紺青の青春だったのだろう その深みに身を投げようとした
風は南から吹いて来る 水平線に浮かぶ船が見えた
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