明るい曇り日。気温も22℃まで上がり春の陽気となる。
今夜はこれから雨の予報で雷注意報も出ているようだ。
ちょっとした「春の嵐」になるのかもしれない。
山里の桜はやっと7分咲き程だろうか。
東京はもう満開だそうで随分と遅れている。
平田町の桜並木はもっと遅くやっと咲き始めたところであった。
今週末くらいにはお花見が出来るかもしれない。
朝の道では民家の畑に大根の花が満開となっている。
遠くから見るとかすみ草のようにも見えてとても可憐であった。
道端に車を停めて写真を撮ろうと思うのだけれど
人目も気になり勇気を出せずにいる。
菜種になる前の今がチャンスなのだろう。
早く撮らないといけないと焦るばかりであった。
足が不自由になってから写真から遠ざかっていたが
最近になりまた少しずつ撮り始めている。
それがささやかな意欲になれば越したことはない。
同じ桜の花でも全く同じではなかった。
時間帯や陽射しの加減でも新鮮に映る時がある。

仕事は午前中はばたばたと忙しく走り回っていた。
早朝から田んぼに行っていた義父が9時頃に帰って来たのだが
朝食も食べていないらしく酷く機嫌が悪かった。
義父の荒い声を聞くと何とも辛いものである。
しかし余程空腹だったのだろう。朝食を済ますと上機嫌になった。
一般修理の完了した車を確認してからまた勇ましく出掛けて行く。
田植えの準備は少しずつ進んでいるようだが
疲労が大きく身体が持つだろうかと心配でならない。
同僚は車検整備をしていたがほぼ完了となっていた。
「お先に帰るよ」と声を掛けてカーブスへと向かう。
順調に日課をこなせるのが嬉しくてならなかった。
カーブスでは異常な程の汗をかき我ながら戸惑う。
コーチは代謝の良い証拠だと云ってくれるが
私には太っているからとしか思えなかった。
いくら汗をかいても痩せないのがその証拠だろう。
4時半に帰宅。今日は夫と息子達がけい君の自転車を買いに行っていた。
夫には2万円持たせていたが何と5万円でも足らなかったとのこと。
足らない分は息子が出したが夫の面目は丸潰れである。
息子には申し訳なかったが貧乏な親を許して欲しい。
新しい自転車でけい君は中学校に通う。
高校生になっても自転車は必要だろう。
どうか安全に事故のないようにと祈るばかりであった。
夕暮れを待っていたかのように雨が降り始める。
夕食後しばらく自室で過ごしていたが
何だかもう何ひとつ希望がないような気がした。
詩も短歌もこの日記も死にかけているとしか思えない。
それは劣等感の塊りに等しく絶望へと続いている。
しかしここで諦めてしまえばもうお終いなのだろう。
生きるか死ぬか。その瀬戸際に立てば「生きる」ことを選びたい。
※以下今朝の詩
種
種だった頃夢を見ていた やわらかな土の匂いに 埋もれるとあたたかい
あれは母さんだったのだろう 乳のような雨が降った
むくむくと育ち芽を出す 空の青さが目に沁みて 優しい陽射しが好きになる
「えらいねがんばったね」 母さんはいつもほめてくれた ちいさな芽であったが きっと咲く日が来るだろう
どんな花になるのか 咲いてみないとわからない
未来は明るく輝いていたが 思い通りにはいかなかった
種だった頃が懐かしい あれほどの希望があるだろうか
咲けば散る咲けば枯れる そんな真っ只中を生きている
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