++今日の塩梅++
DiaryINDEXpastwill


2006年05月29日(月) おとな

風呂すら入れない自分ってなに?
なにもの?
にんげん?
は・・・・っ。


子供の頃(小学6年生くらい)まで、大人になれば変わるんだって思ってた。
大嫌いな自分の顔とか、身体とか、精神(性格)とか、大人になったら変わるんだって信じてた。
中学生になって、女子校で高校までエスカレーター式で。
クラスメイトの全部がオンナで、私はいつも「ここじゃない」って思ってた。
私の居るべき場所はここじゃない、と。
だから辛いんだ、と、鬱陶しいんだ、と。
連れションとか、意味ワカンナイし、でもそれやらなかったら陰口たたかれるし
実際たたかれてたし、でも、だから、クラスメイトの居ない楽園を探そうと思った。
理想の場所。
生きるべくして産まれついたんだって、思える場所。
選択肢を広げようと思って勉強した。
中学2年生くらいまで、学年200人中140番とかそんな成績だった。
勉強なんてしたこと無かった。
でも、やった。勉強した。毎日2〜3時間予習復習やってみた。
そしたら3年生になったら、成績が、30番くらいになってた。
それでも全国と相対するとバカだけど、偏差値低いお嬢様学校だったし。
高校になった。特進クラスに入れられた。
まさか、と思った。私が特進なんて、とか。あと、別に特進クラスには興味が無かった。
そこに居るヒト達が嫌いだったから。
授業は最初、付いて行くのが割りと大変だった。
でも、私にはユートピアが待ってるし、だからその為に勉強した。
負けず嫌いだしね。
大学受験。私は関西に行きたかった。東京なんて興味無かった。
なんでだろうと今考えても分かんない。
いわゆる、関・関・同・立を目指した。
国公立に進むほど、頭の出来は良くなかったし。
で、結局、関西学院大学に入学した。1995年、阪神淡路大震災と、オームの地下鉄サリン事件が起こった年だ。
大学時代、全てのものが新鮮で刺激的だった。
オトコの子が隣りの席で授業受けてるよ!とか。
学食、すげえ、オトコだらけ!とか。
オトコのことばかりかよ、って感じだけど、中学高校と女子校だった私には、本当に驚きだったのだ。
ユースホステル部ってゆー、まあ、アウトドア系旅行のクラブに入った。
楽しかった。
専攻していた教育学科での臨床心理学も面白かった。
でも。
私の頭(心?)は徐々に壊れてった。
大学を中退した。
あともうなんかホント色々あったけど、面倒くさいし今は省略。

ユートピアは無かった。
もしかしたら、掴んだこの手で、握りつぶしてしまっていたのかなあそれを。

楽しいことも嫌なことも、全部含めてそれが生きるとゆーコトなんだと思う。
私は、贅沢者なんだ。
それだけなんだ。

だーかーらーよー。
タスケテとは言わない。シニ○イ、キ○タイと言わせてくれ。

私は自分が大嫌いだと言うが、それって結局大好きと裏表で。
すげえナルシストよ、私。
それも結構、ナルOK!
ナルOK!

で、もうやっぱ無理。無理無理無理無理。
なんも要らんけん、先とか考えんでよ、今すぐここに来てくれ。






↑えんぴつ投票ボタン (注・押しても文字は変わりません)
My追加


+小梅+ |MAILBBS

My追加