限定鼓動

2004年10月15日(金) 追憶

綺麗な記憶ばかりが遺る
そんなものだと思ってた
けれど貴女に苛立った事も
云い争った事も
すべて
鮮明に憶えてる



++++++++++++++++++++++++

彼は綺麗な晴日に逝って
貴女は深い夜闇に逝った

貴女が彼と同じ病に倒れて伏せて
私は平静を失った
“彼のこと”があったから
厭になる程識っていた
それがどんなものなのか。
けれど長い長い手術の後
意識を戻し
呼吸を整え
貴女は又、声を発した
私の名前を確かに呼んだ

感覚異常な私の傷痕
貴女の指先がしきりに撫でた
傷痕だらけのこの手を
本気で後悔した時間
あの手は確かに温かかった

交互の看護でその日
私は家に帰った
明日また来るからねと
不安押し込めて、期待を託して
病室の扉を閉めた
貴女は
不釣り合いに
可愛らしく手を振った

それが、最期。

あんな不釣り合いな仕草で
けれど
気を付けて、と気遣う
誰よりも知っていた筈の
いつもの優しさだった

あの日貴女は
確かに別れを告げた。


仕事先で倒れたあの侭
貴女を喪うのではなく
貴女は一度還ってきた
家族皆を呼んだ
たった二日
それでも貴女は還ってきてくれた

口調が悪くとも
優しいことは判ってた
だからどんなことがあっても
誰も貴女を心から嫌えなかった

告別式のその日は
朝から雨だった
けれど皆が貴女に会いに来てくれた間だけ
雨は綺麗にあがっていた
皆が貴女に別れを告げて
遺骨を抱いて戻った時には
土砂降りの雨だった


皆が濡れないようにと

貴女の優しさだと

誰かが云った。


 ≪ back  index  next ≫


陽 [MAIL]