ぶらんこ
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2007年12月01日(土)

昔むかしの話。わたしがまだ中学生だった頃のこと。。。

どういうわけか、校内弁論大会の弁論者に選ばれたことがあった。
なぜ自分が選ばれたのか、皆目見当がつかなければ、正直なところ、どのようなことを書いたのかさえ、まったく覚えていない。
きっと適当に原稿用紙のマスを埋めただけのものだったのだろう。
当時(今も変わらないが)、人さまに向かって「弁論」したいことなどなかった。
仮に意識の奥のほうに何かあったとしても、それを紙面上に表すことは決してなかった。
逆に、本当の自分の気持ちは出来るだけ他人に悟られないよう、心がけていたとさえ思う。
だから、わたしが書いたものは、「それなりに」見せた当時の自分の気持ちの一部でしかなかったのだな。と、今になって思う。


さて、弁論大会の日。わたしは、逆らう術なく壇上に座っていた。
あまりよく覚えていないが、「ただ前へ出て原稿を読めばいいだけ」と言い聞かせていたような気がする。
ちいさな学校だった。演者は僅か6人だったと思う。

何番目に発表したのかも覚えていない。
極度に緊張していたことは確かだ。出来ることなら発表せずに済むかも・・とろくでもない希望を抱いていた。
が、気持ちとは裏腹に、刻一刻と自分の番が近づいてくる。
そしていざそのときが来た。
立ち上がり、前へ進み、原稿を置いて開き、なるべく前を向いたまま・・・と顔を上げたところで。。。

こともあろうにわたしは・・・ ふっ  と、笑ってしまった。

どうして笑ってしまったのか? 今でもわからない。
けっして、ふざけていたわけではない。
咄嗟に、笑っちゃいけないと思った。笑わないようにも努めたつもりだった。
が、発表の間、何度も笑ってしまった。
自分でもどうにもならなかったのだ。強いて言えば、発表し(笑って)いるのが自分ではないような気分だった。
一種の現実逃避でもあったのかもしれない。
自分が笑った顔をしているのか、或いは泣いたような顔なのかもわからなかった。
人がどう感じるか。など、思う間もない。
もちろん、どうやって終えたのかも覚えていない。


すべての弁論が終わって、学校長からの感想が述べられた。
学校長の話なんて、頭に残ったことなどこれまで一度もないのだが、この日だけは違った。
彼は、名指しこそしなかったが、わたしの態度を痛烈に批判した。
「非常に残念なことに、発表者のひとりは、にやにやしたりもじもじしたりして、とてもふざけていましたが・・・」
まだ壇上に座っていたわたしは、学校長の後姿を見ながらこの言葉を聞いていた。
飛び出してってどこかへ隠れ、思い切り泣きたい気分だった。
あの後、どうやって教室へ戻ったのだとか、友達と何か話したかとか、殆ど覚えていない。
きっとふざけて笑ってみせて、ひとり家に帰ってから泣いたのだろう、と想像する。



そして、あれから30年もの歳月が流れようとしているのに、わたしは、自分がなんら変わっていないような気がしている。
つまり、もしも同じような状況に置かれたら、わたしはいまだに同じ過ち(?)を繰り返しそうに思うのだ。
きっと、自分のなかでこの過去が癒されていないのだろうな。
もっともっと思い出しては掘り起こし、反芻しなさい、ということか。



だらだら書いたが、こんな自分なので、最近の「謝罪会見」なるものの批評を読むと、非常に胸が痛い。

頭の下げかたが足りない とか
ふてぶてしい とか
ふざけている とか
おちゃらけている とか
責任感がない とか
これらはみんな、今まで何度もわたし自身に向けられた言葉でもあるので、聞いてるだけで心が苦しくなる。


ふざけてなどなかった
おちゃらけてなんかなかった
ふてぶてしくしてるつもりはなかった


でも自分の心の奥のおくを見ようとすると、それすら自信がなくなってくる。
ふざけて見せたほうが、おちゃらけたほうが、開き直ったほうが、気持ちが楽だった。ということか???



わたしは、今も、心のなかの鏡の中の鏡。を覗いている。
「自分」を見るのは、自分以外の、誰でもない。
まわりは関係ない。自分だけだ。





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