ぶらんこ
index|past|will
昔むかしの話。わたしがまだ中学生だった頃のこと。。。
どういうわけか、校内弁論大会の弁論者に選ばれたことがあった。 なぜ自分が選ばれたのか、皆目見当がつかなければ、正直なところ、どのようなことを書いたのかさえ、まったく覚えていない。 きっと適当に原稿用紙のマスを埋めただけのものだったのだろう。 当時(今も変わらないが)、人さまに向かって「弁論」したいことなどなかった。 仮に意識の奥のほうに何かあったとしても、それを紙面上に表すことは決してなかった。 逆に、本当の自分の気持ちは出来るだけ他人に悟られないよう、心がけていたとさえ思う。 だから、わたしが書いたものは、「それなりに」見せた当時の自分の気持ちの一部でしかなかったのだな。と、今になって思う。
さて、弁論大会の日。わたしは、逆らう術なく壇上に座っていた。 あまりよく覚えていないが、「ただ前へ出て原稿を読めばいいだけ」と言い聞かせていたような気がする。 ちいさな学校だった。演者は僅か6人だったと思う。
何番目に発表したのかも覚えていない。 極度に緊張していたことは確かだ。出来ることなら発表せずに済むかも・・とろくでもない希望を抱いていた。 が、気持ちとは裏腹に、刻一刻と自分の番が近づいてくる。 そしていざそのときが来た。 立ち上がり、前へ進み、原稿を置いて開き、なるべく前を向いたまま・・・と顔を上げたところで。。。
こともあろうにわたしは・・・ ふっ と、笑ってしまった。
どうして笑ってしまったのか? 今でもわからない。 けっして、ふざけていたわけではない。 咄嗟に、笑っちゃいけないと思った。笑わないようにも努めたつもりだった。 が、発表の間、何度も笑ってしまった。 自分でもどうにもならなかったのだ。強いて言えば、発表し(笑って)いるのが自分ではないような気分だった。 一種の現実逃避でもあったのかもしれない。 自分が笑った顔をしているのか、或いは泣いたような顔なのかもわからなかった。 人がどう感じるか。など、思う間もない。 もちろん、どうやって終えたのかも覚えていない。
すべての弁論が終わって、学校長からの感想が述べられた。 学校長の話なんて、頭に残ったことなどこれまで一度もないのだが、この日だけは違った。 彼は、名指しこそしなかったが、わたしの態度を痛烈に批判した。 「非常に残念なことに、発表者のひとりは、にやにやしたりもじもじしたりして、とてもふざけていましたが・・・」 まだ壇上に座っていたわたしは、学校長の後姿を見ながらこの言葉を聞いていた。 飛び出してってどこかへ隠れ、思い切り泣きたい気分だった。 あの後、どうやって教室へ戻ったのだとか、友達と何か話したかとか、殆ど覚えていない。 きっとふざけて笑ってみせて、ひとり家に帰ってから泣いたのだろう、と想像する。
そして、あれから30年もの歳月が流れようとしているのに、わたしは、自分がなんら変わっていないような気がしている。 つまり、もしも同じような状況に置かれたら、わたしはいまだに同じ過ち(?)を繰り返しそうに思うのだ。 きっと、自分のなかでこの過去が癒されていないのだろうな。 もっともっと思い出しては掘り起こし、反芻しなさい、ということか。
だらだら書いたが、こんな自分なので、最近の「謝罪会見」なるものの批評を読むと、非常に胸が痛い。
頭の下げかたが足りない とか ふてぶてしい とか ふざけている とか おちゃらけている とか 責任感がない とか これらはみんな、今まで何度もわたし自身に向けられた言葉でもあるので、聞いてるだけで心が苦しくなる。
ふざけてなどなかった おちゃらけてなんかなかった ふてぶてしくしてるつもりはなかった
でも自分の心の奥のおくを見ようとすると、それすら自信がなくなってくる。 ふざけて見せたほうが、おちゃらけたほうが、開き直ったほうが、気持ちが楽だった。ということか???
わたしは、今も、心のなかの鏡の中の鏡。を覗いている。 「自分」を見るのは、自分以外の、誰でもない。 まわりは関係ない。自分だけだ。
|