ぶらんこ
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2008年09月23日(火) 掬う

痩せたいんだけど、食事制限はちょっと・・・とか、運動は苦手なんです、とかいうのをよく聞く。
それはつまり、痩せたくないのでは?と、つい突っ込んでしまいがちだが、
いやそうではなくて痩せたい気持ちはあるのだ、あるのだけれど、その意思の力がちょっと弱い、ちゅうことなのだ。と、思う。たぶんね。


そういう人に画期的な方法があるのよ!・・・と、これは姉�,�らの情報。
まず、食事制限なし。なんでも食べたいだけ食べなさい、ということらしい。カロリー制限もないので、もちろんおやつもOK。
尚かつ運動義務なし。やれ水泳しろだのスクワットしろだの散歩しろだの、一切、ない。

ではどうするのか?  というと・・・。

「食べたものをすべて書き出しなさい」 ということらしい。(これって糖尿病の患者さんへの食事指導にもあったような気がする)

食べた後(忘れないうちに)に、食べたものを「すべて」ノートに書き込む。それだけ。
ノートを見て「あ〜今日もこんなに食べちゃったよ、、、明日はちょっと減らさないと、、、」なんて反省する必要もない。
(この辺りは糖尿病患者さんや家族への指導とは違う)
なぜなら、『書く』という行為自体が、無意識下に働きかけられるから・・・なのだそうだ。
なんも心配しないでいいですよ、なんも努力しなくてもいいんです。という、実に気楽(ずぼら?)な方法だ。


いや〜それが出来ればあなた、世の中に太っている人なんていなくなるでしょう!という意見もあるだろう(実際わたしはそう突っ込んだ)。
さて・・・どうだろうか。試してみる価値があるかどうかは本人次第。
もしもやってみたいという気持ちがあれば、騙されたと思って。。。???


この真偽の程はわかりかねるが、『書く』ことのもたらす作用というものはあると思う。


「書く」=「言葉にする」ということは、自分の内面にある何かを掬い上げることだと思う。
で、それが自分の本当の「心」とまったき一致しているかどうか・・というと、案外(とても?)難しかったりする。
(口から出る言葉に関しては、もっと難しい)
それでもなんとか言葉にしようとしている・・んじゃないかなぁ。
だからこうして、日記じみたことをちまちまと書いているんじゃないかなぁ・・・と、思ったり。


書いたものを読んで反芻して、ということは、してもしなくても良い。
そんなことはどっちでも良くて、「書く」行為そのものが大事というか真実というか。
うまく言えないが、きっと、「書く」ことによってもたらされる「何か」があるのだと思う。
表現することの彼方にあるものへ向かう、という「過程」そのものが。

いや・・・よくわからん。




さて、書き出すだけ、或いは書き出したものを眺めるだけのダイエット。
これは、本人の「本当」の気持ちがどこへ向かっているかにかかるような気もする。
わたし本当のホントは痩せたいの。。。そういう人はじきに体重が減っていくかもね。
わたしは食べられるだけ食べたいの!・・・そういう人には起爆剤となって、確実に体重が増えていく。

ってことも、あり得るんじゃないかな〜。

さて、いったい自分は何を求めているのか? ってところなのかもね。







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