そのことが、あってからも、バンさんは変わらずお店にやってきて、 いつものように、変わらず、冗談を言って、みんなを笑わせていた。
今までどおり、頻繁に顔を出した。 勿論、私に対しても、執拗に誘ってくる事もなかった。 私も、バンさんに対して、今までと変わらず接した。
それでも、ママや、他の女の子たちもわかるほど、 それからも私を大切に扱ってくれた。
ママは、私にその気がないのをわかっていたし、それ以上のことはないとも わかっていて、「バンさんは、りかちゃんの大ファンだからね〜」と言って、 よく、バンさんを冗談交じりにからかった。
あきらちゃんは、毎月、数万円づつは、返済のお金を振り込んでくれていた。 私は、それを確認する事もなかったし、当てにすることもなかった。
ただ、早くあきらちゃんが、立ち直ってほしいと、心から祈っていたし、 私自身も、普通の生活を早く送れるようになれるように、 毎日、必死で生活した。
相変わらず、お店が終わって、一人家に帰ると、気分は沈んでいたし、 お店にいるときにも、心の中は、虚無感でいっぱいだった。
しかしそれは、以前のようなあきらちゃんへの未練からくるものとは、 また別のものだった。
あきらちゃんへの想いは、確かにまだあったし、 新しい恋も、もうしたくはなかった。
けれど、そんなことより、やはり、お腹の子供をなくしたこと、 一人、この心細い生活を続けなければいけないこと。 そんなことへの悲しさや不安の方が、大きく心を占めていた。
私は、もしかしたら、一生、この悲しみや不安、 心細さを抱えて生きていかなければならないのだろうか? そんな風にも感じていた。
その泥沼のような思いや、生活から、なかなか抜け出す事ができないでいた。
私の転機は、そんな、泥沼の生活の中で、ある日突然やってきた。
ソノ日、私は、いつもの様に、お店のカウンターに立っていた。
お店のドアが開き、一人のお客さんが入ってきて、カウンター席に座る。
はじめてみる人であった。
「いらっしゃいませ」そう言って、顔を上げた。
「あっ!」私は、心の中で『何か』を感じた。
知っている人に似ていたわけでも、好みのタイプであったわけでもない。
その『何か』の正体が、なんなのかは、わからなかった。
とにかく、『何か』を感じたのだ。
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