鮎見時子の日記
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2004年08月26日(木) |
カルトっぽいねたかも |
元ねたはエドーガーケーシー 19世紀に催眠睡眠中に 医学治療方法や前世をかったった預言者なんだけど 紙に3段階 肉体 精神 霊 うえからどう生きたいかが霊 真ん中がその為の目標 そして一番下が目標達成のための課題これが肉体
書き出して毎日眺めなさいって
これをやったのが20代だったんだけど
何かいたのか具体的な言葉はわすれたけど 建設的な生き方をと友達が欲しい仲間が欲しい
って・・・ながめていて 気がついたけど 友達や仲間作りって肉体の課題で上の霊のところが ハッキリしないしつながりがなくて そっちが先ジャンって・・・
で建設的な人生をって。。 でもそれも実態がなさすぎで・・・ってで ときどき思い出して考えるけどいまだ霊の部分の 具体的なキィワードが思いつけない
基本的に殺人鬼にならずに一生終わったらOKって妄想が 私の核わけで 善良なひとで生きて終りたいの
毎日気持よく目がさめておいしくご飯食べてそして寝る 其れで充分 ところがその単調さが苦しい ご飯だって夕方決まった時間に食べるには その用意のために1日が逆算で決まってしまう 夜だってもう明日のご飯考えないと終らない
うんざりして絶望てきな気分になってみたり・・
なんだかなーです・・
そしてどう生きたいかにどうも組み込めないのが
これ説明がうまくできそうもなくていままで 誰かに語ろうとおもってみたことないんだけど
聖書でキリストが売春婦を庇うシーンがあって 庇うところまでは考えないけど売春婦に石を投げる人だけは やりたくない
これも人生の目標だったりする
ってどうもそれって人生の目標でいいのかってことしか思い浮かばないな・・
そしてかなり古い映画になってしまったけど 「最後の誘惑」 キリストの処刑のドラマ化していて キリストが露骨にアメリカのその辺の兄ちゃんって雰囲気で カリスマ感じなかったけど 十字架背負って沿道歩くと民衆が今にも石ぶつけそうな人の中に こっそり泣いてる人後ろめたくて伏せ目の人・・
それみて私ってキリストのような生き方を なんだか格好つけて・・とか思ってるなー それって なんか違うなーって思ったの今ごろ思い出した
自分の力の乱用をしないためにあの選択をしたんだよ とってもかっこよくいさぎよかったんだ
まねはできないけど尊敬されるべき人かと
で、ってまだこだわるのかだけど グリーンマイルの主人公は殉教とは違う
みたくないものみてるのなんてみんなだし それでもみんな生きてるわけで だからなんなんだっての・・
ってはなしずれたけど
結論 どうしてもどういきたいかって魂が納得するなにかって わからない
怖いので掘り返す気はないけど どうも魂の前世からの持込課題の宿題がうまくいってないんだろうなと・・ 散々他人を馬鹿にして冷たくしたのかもね・・ 自己努力がたりないとかいって・・
わたしの話以外でもエドーガーケーシーの3段階 験した友達いわく 書いてることが全部女としての願望ばっかりで 違うかもっておもったっていうし
自分の偏りの発見見つける効果あるみたいなんで おすすめ・・・
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