HARUKI’s angry diary
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2005年01月03日(月) 台湾紀行 その2

12月29日
今日は台北市内観光。今回のJTBのツアーでは、6人以上のグループだと無料でガイドさん&車付きの市内観光がついてくる。
ほぉ、JTB太っ腹なこと。

朝8時半。
心配した雨もやみ、曇天。ホテルのロビーに降りると上品そうなニコニコした60過ぎのおじーさんが待っていた。

おじーさん「呉です。よろしくお願いします」

ご存知ない方のために、ちょっと台湾の歴史を。
台湾に中国人が移り住んだのは、7世紀初頭。それまでは原住民と言われる人々がいるくらいの島だった。その後オランダやらスペインが支配していたが、1684年に清が台湾を占拠して、福建省の一部となった。が、1895年に日清戦争があり、日本が勝ったので、台湾は日本の領土となる。それから第二次世界大戦で日本が負けた1945年までの50年間、台湾は日本に統治されていたのである。
その後のことは、ちょっち政治的に微妙なお話になるので、HARUKIにはくわしくはわからないが、中国共産党と戦って追われた蒋介石が台湾に移り住み、現在の資本主義経済の台湾が出来た。とりあえず今、中国は「台湾は自分の国の一部」だと言ってるし、台湾は「そんなことはない」と言っている状態。

ようするに、日本に統治されていた頃、教育を受けていた(おそらく今60歳以上の)人々は、日本語が普通にしゃべれるということなのである。←これが言いたかっただけらしい

HARUKI的には、前回駆け足で見た故宮博物館をメインで見たかったのだが、故宮が今工事中で全体の4分の1しか展示物が見られないというのだ(悲)。
でも一応、呉さんに言ってみた。
「故宮の時間を長くとってください」
呉さんは「いいですよ〜」と言うのだが、わかってんだか、わかってないんだか。

最初に行ったのが、いわゆる衛兵の交代をやっている忠烈祠。ここは呉さん言うところの「靖国神社」である。
軍隊の行進というのは一糸乱れぬ動きが美しいっちゃぁ、美しいが、HARUKIはあまりこういうのが好きではないので、門の絵を描いているクマの横にいた。

中学2年になる甥っ子が「軍隊なんだね」と言うので、ついついHARUKIも言ってしまう。
「日本も憲法9条が変わったりすると、キミたちも将来こういうことしなくちゃならなくなるんだよ」

甥っ子「憲法9条ってなに?」
HARUKI「交戦権の拒否」
甥っ子「?」
おいおいおい、今の学校は日本国憲法、教えてないんかい!
そこへ戦争でたっぷり嫌な思いをしたHARUKI母が現れ、平和教育とあいなった。

一通りのイベント(?)が終わったので、いよいよ故宮博物館へ向かう。
故宮は台北の中でも高級住宅街の中にある。
それまで市内の中心部にいたので、一戸建ての家というのはあまりお目にかからなかったが、故宮のある地域ではモダンで立派な家があちらこちらに。

行ってみて驚いた。
殆ど工事中で、建物自体に幕がはられ、どこが博物館かい?という感じ(涙)。
一応、翡翠で出来た白菜とか象牙の細工物など有名な収蔵物は一箇所に集められていたが。
まぁ、初めて見る人には歩く距離が短くなって親切っちゃぁ、親切ではあるが、あの莫大な展示物の中を延々と歩いて、すげーーーーーという実感を持つ故宮ならではの印象は薄くなってしまう。

っていうか、HARUKIとクマが前回見逃した、巨大な山水画や書は一切見られないことが判明。
だぁ。
あれが見たくて、わざわざまた台湾まで来たのに。
なんなんだよっ!!!←しょうがないし

歩く距離が短いとはいえ、展示物の数は並ではない。
高齢なHARUKIの両親は、さすがに疲れたようで「これで十分」と言っていた(笑)。

台北の繁華街に戻り、昼食をとったあと、龍山寺へ。
ここは台北の中では一番古いお寺で、道教と仏教、さらには民間信仰の神様も祀ってある混合寺院。
信心深い台湾の人々が日常的にお参りしているところで、たくさんのお供え物やお花がある。
見学している間中、一生懸命祈る人々の姿が絶え間ない。

ここではチャウと呼ばれる赤い三日月形の木片を二つ、地べたに投げている人がいる。
何か願いごとをして、その答えを神様に聞くために投げるのだそうだ。投げたあとのチャウの向きで、吉か凶かがわかるという。
まるで下駄の表、裏で明日の天気を占った昔の日本の風習みたいだ。
さらにおみくじを引くためには、このチャウで3回、吉が出ないと引けない。お金を払えば、何本でも引ける日本のおみくじとはちょっと違う(笑)。

ここで呉さんが力説していた。
「今の20代、30代の若い人は、全然結婚しない。このまま少子化が進んだら、国が滅んでしまうのに、なんで結婚しないんでしょうねぇ。困ったものです」
あははははは!
いずこも同じかぁ(笑)。

そして最後の目的地、中正記念公園へ。
ここは蒋介石(中正ともいうらしい)を記念した大きな公園で、音楽堂や劇場などがある。さらに蒋介石の生涯を紹介した展示物も。
前回来ていたHARUKIは、「疲れたぁぁ」と言っている母とコーヒーショップで休憩。
他の面々は、呉さんに連れられて展示物見学。

最後に免税店に行って、1日観光は終了した。

いよいよ毎晩もめる晩御飯(笑)。
甥っ子は「ラーメン食いたい」って言ってるし。
そこで、HARUKI姉の強力なプッシュにより「北京ダック」を食べに行くことになった。
ホテルから徒歩数分のところにある「天厨菜館」は、北京ダックが1羽750元で食べられる。
甥っ子の御所望のラーメンやら、野菜料理など注文して食べていると、焼きあがったらしい北京ダックを店員さんがまず見せに来る。
へ?これまんま食べるんですか?←ないないない

見せてくれたあと一度引っ込んで、再度解体した北京ダックが登場。
おぉ!中身も全部食べるんだぁぁぁぁ。←そりゃ、そーだ
っていうか、中身が多いんですけどぉ。
肝心な皮が減ってないかぁ?(笑)

満腹した(←毎日満腹してるし)一同は、一路ホテルを目指した。

台湾では車が優先。右左折の車がすぐクラクションを鳴らし、モタモタ人が歩いているとよけさせられる。

母「横断歩道を渡るのも命がけよね」

そして安全なはずな歩道にも、大きな段差はあるし、大量のバイクも駐車してあるし、さらに屋台が出ている所もあるので、余所見をしていると非常に危険。
お歳よりや、身体が不自由な人には、優しくない街である。

母「バリアフリーなんて発想はないのね」

夕食後。
クマがコンビニ(セブンイレブン)で買って来た種々の飲み物をホテルの部屋で飲むことになった(注:台湾の水は飲めない)。

実は甥っ子、食べ物に対しては非常に保守的。
初めて見たものや、かいだことがない匂いがするものは絶対に口にしない。好奇心がないという言い方もあるが、自分の身を守るという点においては、この慎重さは貴重。

台湾には「黒松コーラ」なるものがある。簡単に言うと漢方薬入りのコーラである。

クマ「変なコーラ飲む?」
HARUKI「変なお茶もあるけど」
甥っ子「“変”なのはいらない」

あはははははは!そーだった。
「変」がつくと彼は飲まないんだった。

HARUKI「変じゃなくて、台湾のコーラと梅ジュースだけど」
甥っ子「じゃ、飲んでもいいよ」
黒松コーラを一口飲んで、いやそーーーーーな顔をした甥っ子。

「まずっ!!!これ、イソジン(うがい薬)が入ってるの?」
うーーーーーーーーーーん、確かにそういう味かも(笑)。

面白いので(←こらこら)梅のお茶も飲ませてみた。
甥っ子は、一口飲んで(正しくはなめて)何も言わずにやめた。

美味しいのになぁぁぁぁ(爆)。

夜9時半に就寝。←どんどん寝るのが早くなる


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