『ダライ・ラマ その知られざる真実』 ジル・ヴァン・グラスドルフ ダライ・ラマという人は不思議な魅力のある人だと思う。 果たしてチベットがわけのわからんことにならず(中国の干渉を受けずに独立国として存続できていたら)、ダライ・ラマがポタラ宮の主としてチベットに君臨していたら、こんなに魅力を感じさせたのだろうか? チベット仏教の考え方で行けば、転生の生き仏であることも、インドで長期の亡命生活を送ることもすべてがダライ・ラマのカルマだ、ということになるのかもしれないが、それでもやはり、少年時からの過酷な運命があのおおらかな(印象のある)頼もしげな高僧を形成したのではないか、という俗人の思いを新たにした。 この本は副題から予想されるような個人的暴露本からは程遠いもので、むしろ一般的にあまり知ることのない近代のチベットの政治システムを紹介し、世界の動きに気を配らず、政争に明け暮れる支配層の腐敗を語る。そして、その一方で宗教と生活が何の矛盾もなく同居するチベット人の暮らしを紹介する。醜さと清らかさが不思議に同居している場所のようだ。そんな中でダライ・ラマ13世が死に、転生者として現ダライ・ラマ14世が発見され、成長し、わずか15歳で君主即位、その後は周知のごとく、中国共産党に国を追われ、ヒマラヤを越え、インドに亡命政府を樹立、今に至るまでの道程を描く。 ダライ・ラマ本人だけでなく、その一族の様相―それぞれがチベットのためにさまざまな立場で力を尽くす―が興味深い。高僧の転生者だといわれた兄弟があっさり還俗することもあったりして、チベット仏教もなかなか融通無碍な部分があるみたい。また、パンチェン・ラマ10世との霊的な信頼関係も、これまでパンチェン・ラマは中国共産党の傀儡だと思っていた私には、へぇ〜であった。ノーベル平和賞なんかもらって、世界行脚に余念のないダライ・ラマと思っていたけれど、どうして、どうして、なかなか危ない毎日・・・亡命政府内の不協和音のみならず、亡命チベット仏教各宗派間の争い、世代間の問題、新たな転生者のことやら何やら、ご本人の命さえ暗殺者の餌食になりかねない。(大体、歴史的に見ても菩薩の化身であるダライ・ラマを暗殺することなんか平気なチベット人。わからんな〜。) かくもわからん境遇であのような魅力を放つダライ・ラマ14世はすごいおじさんである。以前にダライ・ラマによる「入菩提行論」の解説書を読んで、この人の説くことは、抹香臭くなくていいな、と思っていたのだが、これでまたはまりそう。 ★★★
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