書泉シランデの日記

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今日はバレエ 『ライモンダ』
2004年10月15日(金)

こんないい席、二度と座れないな、というくらい、いい席。たぶん招待券専用・・・とまず座席に感動。出し物は『ライモンダ』

10数年ぶりの生バレエ。最後に見たのは『くるみわり人形』だったっけね。もちろん美しいです。同じ人間とは思えません。(オペラにはまったときは「同じ人間なのに、どうしてあんな声が?」と思ったけど、バレエは別の生き物の芸術です。)

踊りは美しいのですが、オケはどうも今イチ、どころか2も3も不足しているような・・・特に金管。アタックが悪いし、くぐもってひきずるような、歯切れの悪い音。あれでよく踊れるといいたいくらい。

そんなこんなしているうちに、1幕目の後半、隣のおじさんの寝息が聞こえたとたん、眠気が伝染。たちまち、パ・ド・ドゥがパ・ド・カトルとなるような、つまり2人が4人になるような症状に見舞われた。いかん、いかん、というところで、休憩。

休憩時間に、偶然ロビーでバレエにはまっている「おねえさん」と出会う。「金魚歩きがすごいねえ」なんていうもんだから「おねえさん」からダンサーの一つ一つの技がいかに難しいかをこんこんと説かれる。「せめて手足の長さにでも感動しておきなさい」と叱られた。

幸い、2幕目、3幕目はひきこまれ、睡魔とは無縁に終わる。えらいもんだな、『ライモンダ』。オケがいいともっといいぞ。敵役がかっこよかった。ああいう人に誘われたら、何を着ていこうか迷う以前に、この体で行くのかい?と悩まないではいられない。それこそ六条御息所のように生霊で飛んでいかないと。生身の体では到底ご一緒できる自信はない。←ほとんど妄想。

バレエはここまでとして、妄想で思い出したが、『輝く日の宮』は源氏のみならず芭蕉のことまで、丸谷才一が自由に自説を展開したいがために、用意した器なのではないか。丸谷氏の才はたいしたもんだが、小説としてはこれは失敗作のように感じる。登場人物が最後にまるっきり無意味な存在に成り果てて、主人公の語った学説以外に何も残るもののない作品。小説という形に韜晦してあるが、実は結構真剣に取り組んで手にした結論に違いない。もちろん、いちがいに看過できるものではないし、示唆されることも多い。でも、それをなぜ小説に仕立てなくてはならなかったか、という部分で、私は丸谷氏を好きになれない。(出会ったこともないけど。)



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