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『祖父・小金井良精の記』
2005年01月18日(火)

『祖父・小金井良精の記』(上)・(下)
  星新一

読もうと思ったのは、ショートショートの名手星新一がおじいさんのことを書いているからではなくて、小金井良精=喜美子の旦那=鴎外の娘婿だから。小金井良精の名は、鴎外を追いかけて来日したエリスに対して、森家側の代表者として交渉にあたった人として記憶にあった。東大医学部の先生という以上の知識はなかった。

星新一は、可愛がってくれた祖父ならばこその敬愛と関心を持ち、かつ身内ならではの資料をもとにこの記をまとめている。恣意的な解釈や情緒的な物言いは極力抑制されている。物足りなくもあるが、大切な人のことをあれこれ個人的な感情を交えて書いたりしては、他人が読むと、読むに耐えない作品になりがちだから、こういう控えめな書き方がむしろ適当な選択だろう。

エリスと交渉したということだけで、私は小金井良精って小器用な人なのだろうと想像していたが、実際は極めて学者肌、律儀で真面目で地味な人であったようだ。退屈といえば退屈な祖父の記なのだけれど、それでも読み通せるのは、コツコツと研究を重ねながら、家族を大事にしながら生きていく日々そのものの記録ゆえだろうか。もちろん、同じことを鴎外が書いたなら、こういう省略のしかたはしなかっただろうな、とか、星新一独自の文体の魅力がないな、とか随所に感じるのだが、それ以上に等身大の祖父を浮き彫りにしたいと思う誠意あふれる筆致が感じられて、心地よい。

また、明治医学界名士交友録としても面白い。鴎外が医者であり文学者であったように、他の医師たちも鴎外の域に達さないまでも何かしら趣味を持っていたわけだし、人類学関係の交友からも思いがけない人名などが出て来るし、さらには、ほんの少し前に幕末維新だったのだから、まるで小説を読むかのように聞いたことのある人たちが登場する。当時の文化人のありさまを彷彿とさせる。明治という時代は、学者だ、医者だ、作家だというような縦割りでなく、経済界の人々まで含めて、文化を支えた人々というような視点で論じなくてはいけないのではないかと痛感。

鴎外大先生の『渋江抽斎』の魅力にははるか及ばないものの、期待以上の読後感である。事実を書き連ねただけの伝記を面白く読めるようになったのは、読者であるこちらが、事実と事実の間に潜む人間模様をいちいち説明されなくても多少は想像できる程度の年齢になったということかもしれない。年をとって経験値が高くなっていいこともある。(その反面、くだらないドラマに共感するのが、ものすごく難しくなったけど・・・。)

★★
河出文庫



星新一がなくなって、もうそろそろ8年経つそうな・・・割合若くしてなくなったような印象だったのだが、それでも享年71歳。中学生のときずいぶんショートショート読んだものです。



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