電車で隣に座った若い人がいきなり針を出した。刺繍でも始めるんかいな、と思いきや、針に通したのは白の木綿糸、太口。雑巾でも縫うのかしらん、何するんかしら、とオバサンの目は釘付けになる。 取り出しましたるは、長靴の形をしたみどりのフェルト。 何で白の木綿糸なの??? オネエサン、玉結びも特大の大玉結びである。それだけでお上手でないことは一目瞭然。 針を突き刺し、しばし考え、一針動かす。緑の生地に白糸はくっきり。一針動かすと、次の一針をどこに刺したらいいのか、分からない様子。 虚空をさまよう針先をみたら、何がしたいのかピンと来た。フェルトの端をアップリケ風に始末したいのだ。あれ何ステッチっていったっけ?ブランケット・ステッチだ。 ほら、こうやってやるのよ、と教えてあげたかった。でも、それはいくらなんでも・・・。 それにしても大体、なんで刺繍糸じゃなくて、木綿糸なんだ? オネエサン、プリントを取り出した。幼稚園の準備のようだ。緑の長靴は名札の土台らしい。その上に縫い付けるとおぼしき小さな白い綿ブロードの端切れ。後からそれをつけるにしても太口糸はまずかろうよ。端の始末もしなくっちゃ、アイロンで内側に折るだけでいいからさ。 プリントをしまって、また、針を持つ。見ると、前に立っていたオバサンも手先を注視していた。意地悪で見ているんじゃなくて、心配なんだよね。 針先で糸をひっかけないと、ただの巻縫いになっちゃうよ〜。 これじゃない、と気付いたらしく、今度は元の縫い目、というか、糸の出ている穴に針を押し戻そうとする。あ〜、そんなことしたって、毛糸じゃないから無理だってぇ。糸切って抜きなさいよ、と言いたくなる。 あと10分乗っていたら、私、きっと黙っていられなくなったと思う。でも幸か不幸か、終点に着きまして、このドラマ一巻の終わり。
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