ことばとこたまてばこ
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2004年11月27日(土) 報い?

おれは逮捕された。

両手首に冷たい感触の手錠がかっちり閉まっている。

そりゃそうだ。
他者に甘ったるいろう者をターゲットに強盗をして、恐喝で数千万程搾り取って、わーははって毎晩豪遊していれば捕まるね。田中って野郎も半殺しにしたこともあったし、あ、死んだのかな。ま、おれ、も、人生どうでもえぇし、ま、捕まってもどうでもええから、ま、はは、いいんだけどね、まあね、まあね、ま、ね。

…と死刑宣告を受け、家族に会うまでは、そう思っていた。


「おい、手錠外してくれよ!」
刑事はおれの言っていることを理解できないので無視をし続ける。犯罪人が何を甘え言ぬかしてんよ、ぼけ、という想いを胸に潜めて。
おれの家族、母親は涙に濡れた眼でおれと警察を
「なあ!これ!とって!」
おれは手錠に繋がられた両手を振り上げて叫ぶ。
「馬鹿野郎!おれの言葉は手話なんだよ!手錠つけてたら手話できねぇじゃねぇかよ!馬鹿野郎!外せ!」
看守は声理解できずとも悪意のみを敏感に感じ取り、更に頑なとなった。一片の感情も込められていない顔。能面。
「馬鹿野郎! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎!」
おれ真っ白な部屋にて家族に見守られながら胸から血が出んばかりの絶叫をあげる。こめかみが激しく脈打つ。

手錠は手首と足首に繋がっている種類の物で、ほとんどろくに手も動かせない。
家族は鏡の隔たりもなく、眼の前にいる。だが、警備上の問題とかで死刑囚人に近寄ることも触れることも出来ない。真っ白なリノリウムの部屋の中はおれと家族と看守のみ。


「母ちゃん ごめん ばか おれ ごめん ばか おれ ごめん ばか おれ ごめん」
もはや看守に期待は出来ず、おれは涙を流し口をパクパク開けて意志を伝えようとした。しかし依然として母親は悲しげな表情を崩さない。
「おまえ たいへん ごめん おまえ たいへん ごめん おまえ たいへん ごめん」
弟は家族に死刑確定者がいる、ということで苛めにあっているということを母との面会の時に聞いていたので、そのことに対しての想いを伝えようとした。手錠カチャガチャ骨を伝って脳に響く。うるせぇ。弟は感情の一切見えぬ透明な表情のまま。
「父ちゃん ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」
初めてみる父の泣き顔を見ると、胸が塞がり息が出来なくなった。もはやペコペコ頭を下げるしかなかった。父は無表情。

「おい おい なんか いって なんか いって こわいの おれ こわいの おれ」
家族、おれの口をジッと見つめるだけ。
「しにたく ない しにたく ない こわい こわい」
不安と恐怖と悔い。ありとあらゆる負の感情に押し流されて。おれ涙に鼻水止まらず。

やがて母が手話を言った。
「ごめんね あんたが 口で言ったこと 分からなかった。もう一度 言って」
弟、父がそこでやっと悲しげな顔を見せた。

おれ泣けて泣けて泣けて。ほんと泣けて。
「馬鹿野郎!外せよゥ!」手錠に噛みついてかじって再度叫んだ。

叫んだ。

叫んだんだ。
それでも看守にとってはただ単に耳障りな声でしかなかった。


時間切れが迫り家族が帰る時に言った。
おれの最後の手話は至極単純な、手話とも言えぬ手話。
手を左右に揺らす手話。「バイバイ」

最後の言葉が、これか。あんまりにもあんまりだよ。
おれはもっと感じていることがあるのに。
おれはもっと言いたいことがあるのに。
家族すらにも伝えられないなんて。

馬鹿野郎。


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