ことばとこたまてばこ
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2006年12月01日(金) ひょうきんなけだもの 10完結 『無声の声』



あそこの石像は幾万年前に一度のみ、
空へ面をむけたことがありました。

ああ、あの時、
ああ、あの時、
あの大海原へと沈没するかのように映し出された、
がつがつと輝く太陽がひとつ
石像のまなこのなかに浮かんだその時、
つらつらり や つらつらり
おびただしい朽ち葉が腐った供物にふりそそいだ。

無数の白と黒と茶の花びらが、
はっきり、くっきり、鮮やかに
季節のゆきつく果てへと渦を巻きながら。

またぞろ幾星霜を経て
屍体も不足し始めた年の夕暮れ、
石像の透明な呼吸を聴きつけた
いっぴきの猫。
眼は緑に染まり、毛皮は黒く染まり、
四足の足首から先は白かった、
だが、右足の小指にはえる爪だけが
猫の全身の血がつどったかのような灼熱の赤だった。

カルカルカルカル
石像のほおをひっかく猫、
カルカルカルカル
石像のくちびるをひっかく猫、
カルカルカルカル
ひっかきながら猫はないている。

だれがわたしの髪を愛でてくれるのでしょう
だれがわたしにくちづけを交わしてくれるのでしょう
と猫はかなしんでいる。

石像はつるつるの静寂をたたえたまま

猫の白い腹を見ていた、


ああ、見よ、
幾万年前に一度見た雲よりも白い、


見ろ、



なんと、
じゅんぱくで
なやましい。




石像はいのった、
もういちどだけからだのじゆうを、と。





時の流れは
猫を土くれへと還した。
石像は時の流れの無情なやさしさに
けずってくだかれて
石ころへと還った。


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