ことばとこたまてばこ
DiaryINDEX|past|will
2006年12月08日(金) |
ひょうきんなけだもの 3 『大河の渡し船』 |
大河のほとりで少女と少年は出逢った。
ふたりはお互いの眼をぢんぢんと見すえる。 ほんのわずかな時間で理解しあったふたり。 言葉もなく同時に笑いあって手をつなぐ。
うそのようだ、と思って。 ゆめのようだ、と思いながら。 ばかのようだ、とも思っていた。
少年とよく似た唇の少女。 「光をもて遊ぶようなことをしちゃだめよ」 と彼女は顔をしかめる。
少女と同じ眼の色の少年。 「だから世界がとても白いね、まるで白いんだよね」 と彼は少し嬉しそうに顔をしかめる。
渡し船に乗ったふたり。 さざ波に揺られるふたりは まっすぐに投げてくるお互いのまなざしを受けながら 「ああ、こわい。こわいなあ」とおどろいていた。
やがて少女は姿勢をただし、発生練習を始める。 「あ・あぁー、あじぁーうあー、ばうぁー」 なんども、なんども声をならす。
日が暮れ、 月が姿をあらわにした。
少女が唄った。
けして饒舌ではない。 濁り、どもった唄。 幽けしひとことをていねいに積みかさねて、 情感の空白を埋め尽くそうとするような唄。
あたたかくもおそろしい闇に包まれ、 漆黒の水を切りさいて進む舟、 そこで長い髪をなびかせ、 空に唄をなげつけている影、 小柄な影よ、 あなたはだあれ、と少年。
瞬間、ひとことの塊が音楽へと変貌した。
音がうねり渦を巻き、
そして爆発。
少年は極限の清れつな鳥肌を感じた。
これこそ音の波動だ、と感じた。
ああ、たまらない、とも感じた。
水面から蛙がぬくりと顔を覗かせる。魚がはねる。鳥が叫ぶ。 街の光がすべて消える。風が凪ぐ。河が笑う。
ただひとつだけの少女の旋律、 少年はうっとりと聴きいる。
美しいね、 頭上の月をごらんよ、 ごんごんと野蛮なほどに輝いている。
少年の耳に吸い込まれる音楽は、やがて空から降る。
|