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2005年06月13日(月) たっつん(仮名)の事。


Y県の高校で、火薬を詰めた瓶を少年が作り、爆発させる事件があった。
瓶の中には殺傷力を高めるため、釘や、鉄片が入っていたと言う。
ネットから火薬瓶の作り方の情報を得たとか、無遅刻無欠席で成績は良かった
とか小学校の卒業文集で「ゲームのキャラになりたい」と書いた辺りが
現実と虚構をごっちゃにしているとか、そう言った事が現在のところ報道
されている。精神的に幼いと言うコメントもあった。

この事件に 苦い記憶が頭の隅から引っ張り出されて来た。
たっつん(仮名)の事だ。
たっつんとは高校2年3年と同級であった。とにかく大人しい少年で、
少し白髪混じりの髪をいつも短く刈っていた。成績はそれほど良くは無かった。
だが、授業は真面目に受けていた。真面目に受けていたのは 授業だけでは
無かった事が判ったのは 3年の終わりが近付いた頃だ。
ちょっと意外に思ったが、彼は野球部に所属していたのである。

3年間、ずっとベンチだったと言う。だが一度も試合を欠席しなかった。
ずっとベンチで仲間を応援し続けたと言う。チームメイトはそれを知っていて
3年が卒業となる試合の最後に、どちらにせよ負けている事でもあるし
彼を打席に立たせる事を顧問に申し出たのだと言う。ところが顧問はこれを
拒絶した。彼は一度も試合に出られなかった。たまたまピッチャーもうちの
クラスに居たもんで、彼が憤慨していたのをたまたま私は耳にしたのだった。
たっつんも その傍におり、少し不思議な笑顔を浮かべていた。

クラスでは特に友人は居なかった。とにかく口数が少ない。何も言わない。
コタロウ(仮名)と言う ちょっとボス格と言うか、硬派な少年が、良くたっつん
をからかっていた。他の少年は野球部の子も含め、ほとんどたっつんを相手には
していなかった。
コタロウはたっつんを乱暴に扱った。首に手を回しぎゅ〜っとやるのだが
苛めていると言うよりは、相手が無反応で笑っている事に苛立っている様に
見えた。『苛めている』と、だから私は思わなかった。
「やめろ」と言えばコタロウは止めただろうと、今も思っている。

私はクラスでも変わり者の方であったと思う。馴染めないなと いつも思ってた。
たのきんのテレビも観てないし、揃っての昼ご飯も嫌い。男子の半分は変わり者の
女子などに話し掛けても来ないので、そんな男子よりいつもニコニコしている
たっつんの方が余程マシだと思ってた。話はしなかったが。

たっつんの両親が学校に駆け込んだのは3年の終わりも近付いて居た頃だ。
担任がぽろっと話をこぼしてしまったのを これまた、たまたま聞いてしまった。
たっつんはひどい家庭内暴力を起こしていた。両親と兄弟に容赦ない暴力を
奮い、家がボロボロになるほどだと言う。手が付けられず 両親は学校に
泣き付いて来たのだった。
たっつんはコタロウが憎いと家で言っていたらしい。コタロウには
担任の拳固が確か入った筈である。

家を破壊し、家族を殴り捲くっているたっつんは 学校ではずっと
不思議な笑い顔を崩さずにいた。ずっとそうだった。
変わっているけど優しい子だと言うのが私の印象だ。
その話を聞いた時は、だからひたすら恐ろしく思った。

たっつんのその後を、私は知らない。クラス会も まだ余りないし、あっても
出て来ていない。話題も出ない。たっつんの家庭内暴力を知らないクラスメート
も多かったと思う。

たっつんを最後の試合に出さなかった野球部顧問は 国語の教師だった。
それから数年後、真夏に無茶な訓練を課し、脱水症状で生徒が一人死んだ。
新聞に大きく出た。だが、教職は続けている筈だ。今はどうか知らないが。

恨みも怒りもあって当たり前。だが たっつんは全ての矛先を間違え、手段も
間違えてしまったように思う。
Y県の事件で、これからも盛んに言われるだろうネットとかゲームとか
そうした言葉は もはや毎度の事であるが、これに関してはこんな子は居る。
そう感じる。

泣いたり怒ったりする事が、どれほど大事か。それを人前で見せる事を
どんなに恥ずかしく感じたとしても。







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