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2006年08月13日(日) 抜け殻


「いなくなっちゃえばいい」

唐突に息子が言った。 夏休みに入ってからの事だった。
相手は同じクラスの男の子だ。

その子と息子とは幼稚園から4年、ずっと同じクラスだった。
幼稚園時代は、年齢の割には大柄で、しっかりした子だと言う
印象があった。 「いつも良い頭に刈ってもらっているねえ」と
ある日声をかけたら「お祖父ちゃんに刈ってもらったんだ。
お祖父ちゃんは床屋さんだから」
と答えた。

「じゃあ、児童会館は断ればいいの?断って来るの?私が断れば
いいんだね?今から。判った、断って来るから!」

何をそんなに、怒っているのだろうか。
その子が初めて、私の家に遊びに行って良いかと自分の母親に
訊ねた参観日の日、母親は私の目の前で こうまくし立てた。
「お母さんに話してなかったんなら、別の日でも うちはいいんだよ」
「いやだ!遊びに行きたい」
「判った!もういい、断って来るから、児童会館は!」
私の方は全く見ようとせず、怒り続けるその人に、常識のない人だなあ
と思ったのは本当だ。 実はそのあと、何事も無かったかのように
休日の遅い時間に健康食品の販売会があるからと誘われた。
当然だがやんわりと断ったら、すいっと行ってしまった。
それもあって、私自身、その母親に良い印象を持っているとは言えない。

その子は遊びに来た。
毎日毎日、断っても来る。遊びを断ると言う事がまだ上手く出来ない
息子が、結果的には叱られたりした。彼は来て、帰らない。
他の子が帰っても一人だけ帰ろうとせず、帰るように言うと悪態を吐く
様になった。 家に遊びに来た、他の友達に乱暴をする事もあったし
およそ子供とは思えぬ多様な嘘を吐いた。
そして「この家にあるもの、Rちゃんの持ってる全部オレが欲しい」
と言う言葉に、私は子供相手とは思えぬ 非常に不快な何かを感じた。

彼が家に来る頻度を減らして行く。 来たがる彼と断れない息子。
そのうち彼は 他に同じような居場所を見付けたようだった。
まずはホッとした所から本当の問題は始まっていた。
彼は居場所と定めた家の子には親切だった。だが居場所に近付く
子供に容赦はしなかった。
我が家に来ていた時も、そう言えば他の子に喧嘩を仕掛けるので
本当に大変だった。
そして、我が家が居場所ではなくなった途端、息子が標的になって
しまったのである。息子は毅然ともしておらず、何より力の使い方を
教えていないので、急所(腹)攻撃で来る相手には如何ともしがたかった。

息子は泣いて腹を押さえているのに、まだその子と遊びたいのだ
その子が優しい時もあるから好きなのだと言う。
私はそんな息子を叱って泣かせた事もあった。しゃんとしないお前が
悪いのだと、やっぱり泣かせた事もあった。
叱りながら、こんな風にしか叱れない自分の情けなさに私も泣いてしまう。

その子とのトラブルは、この夏まで延々続いた。
学校の先生とも 密に連絡を取り合ったり、足を運んだりした。
その子が暴力を奮うのは、うちの息子だけではなく、やがて学年の
トラブルメーカーになっている事を知った。
それでも楽しく学期を乗り切ったのは、学校の先生の協力と理解が
あったからに他ならない。
意外にもその間、息子も息子なりの友人関係を築けるようになっていた。

息子が木に引っ掛けた帽子を、その子がこっそり排水溝に捨てた時も
一緒にいた友達が血相をかえて報せに来てくれた。だから帽子は戻った。
「どうしてその場にいて止めなかったのっ」
立派な行いをしたのに逆に自分のお母さんに叱られてしまった彼は
「こわかった」と一言 言った。


その子の親は、春に離婚していた。
喧嘩や母親の家出は、昨年遊びに来ていた時、幾度か聞いていた。
「可哀相にねえ」と半泣きで言う人がいる。
可哀相なのは、その子はもうずううっと可哀相だったんだ。
そんな事が判ってなかったわけじゃない。あれこれ言うべき相手は
子供ではなく、本当はその親だった。 電話で一度、世間話に紛らせて「腹を殴るな」
と母親になるだけやんわり言った事があるが、離婚が判ってからは
無論、あれこれ言う事はしていない。


そんなで夏休みに入ったばかりの或る日だ。
「大嫌いだ、いなくなればいい!」
遅いよ、怒るのが
でも私もそうだ。 その時は「・・・・・・?」 と言う感じで 周囲に
あれこれ言われるのだが、ひどい時には半年や一年後に突然怒る。
一度怒ったら、滅多に許す事はない。


楽しい夏休み。
その子の家は空き家になっていた。折込チラシで気付いた。
床屋をやってる祖父ちゃんの家は地方だそうだけど、もし帰れるなら
帰ってあげて欲しい。 学校から帰ったら「お帰り」って言ってくれる
人が、あの子には今 絶対に必要なのだ。
私も息子から色々奪った。 忘れてはいけない。


新学期。 おそらく母親の戸籍に入るであろうと思われるので
姓が変わる確率の高いその子が転校して行くのか、学校に残る事に
なるのかは判らない。
だが、元の家の至近距離に住むとは考えにくいので、少なくとも
下校コースは別になるだろう。 或る意味 彼は「いなくなる」のだ。

今成長しつつある息子に言える事は
「いなくなれ」と言ったら本当になるかも知れないから、そんなふうに
思わなくても良いように、言いたい事はその場でちゃんと言う。
強くなる。だろうか。
私の息子だ。直ぐにはちゃんとは出来ないだろうけれど・・・

















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