++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2007年12月13日(木) 眠れぬ夜におもうこと。




別に正義の定義について
絶対なる自信をもって語ろうとも語れると驕っているわけでもないけど。

最近 色々な場面でどうにもやり切れないことを
見たり感じたりしたものだから眠れないこの夜に
少し書きとめておきたいと思う。



これはずっと不思議だったのだけど
 
一生懸命、生真面目に語っている人に対して
「何 熱くなってるの?偽善者?(嘲笑)」みたいな
変に醒めた斜めに見るような捉え方をする人と

「私の(俺の)言う事は絶対間違ってない!!
だからそれに反対するヤツは許せない悪だ!」と
羨ましいほどに迷い無く自分自身の言い分のみが正義だと
信じて相手を攻撃する人
(自分の正しさに絶大な自信を持っているので
その為には手段も選ばない。何しろ正義は我に有りだから
それがどんな卑怯な手でも汚い手でも”正義”を通す為には
当然の行為となるらしい)

この一見、別々に感じる人たちの考え方、似ているのだ。

共通していえるのは
どちらも相手に対する想像力がなく
自分自身を省みたり疑うことがまったくないこと。

彼ら彼女らの辞書には「間違い」という文字は載ってないらしい。


そこのけそこのけ で ひたすら突っ走り
何を壊そうが誰を傷つけようがお構いなし。
それどころか結果ごり押しが通れば自分の正義が勝ったのだと得意満面。

またそれで済んでしまったりするんだよね。
厄介ごとや面倒を避けたい為か、強引な自信家に世の中は何故か甘い。

だから彼ら彼女らは益々自分はやっぱり正しかったのだと
自信を深める始末。お山の大将は益々勘違いする。


こういうふうに書いたからといって
自分に自信を持つことが悪いことだなんていってるわけじゃない。
ただね・・・特に若い人たちにはもっと迷ったり疑問を持ったりも
して欲しいと思わずにはいられない。

相手の立場に立って物事を考えるには想像力が必要だよね。
自分がされて嫌なこと、不愉快なことは 他人だって嫌だってこと。

正しいと信じることがあるのは結構なことだけど
その為に意見の異なる相手と議論するのをすっ飛ばして
手段を選ばずに自分の考えを押し通す行為は
大義名分なんて関係なく、人としての自分の品性を落とすことだし
とても・・・醜いよ。

その醜さに気が付かないで勝利の高笑いしている姿は
目を背けさせ、気持ちを萎えさせてしまう やりきれなさ。
こちらは怒りよりもぐったりと疲れさせられてしまう。
それって哀しいね・・。

勝ち得たつもりででも実はそうしてどんどん失っているのに・・・。
だって去っていくひとはそれ以上は何も言わないまま去っていくもの。
でもそれにも気づかずに一生過ごして自己満足でもしてられるなら
それはそれで幸せなのかもしれない。なんだか寂しい幸せモドキだけど。



正義ってなんだろうなって色々な出来事を経てきて最近よく考えるんだよ。
100%の正義も100%の悪も無いんだということ。

だから自分にできうる限り真摯でありたいと思う。

偉そうに言えた人生でも人間でもないのは承知だけど
だからこそ 振り返る事を忘れずに生きていきたい。



それが不恰好で損な生き方でもどんなに苦しくても


せめて・・・

せめて。


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                        ゆうなぎ 


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