 
力任せに床に打ち付けた頭がまだフラフラしている。
握り締めた拳で自分で自分を殴り続けて 髪を掻き毟って振り乱して その姿は まさに狂人だったろう。
それでもこうして少し落ち着いてPCに向かっているのだから 持ち堪えられたことを良かったと思おう。
手に残る消えぬ鈍い痛みや額や頭のデコボコタンコブが 情けなさと自己嫌悪を苦く感じさせたとしても それは罰だ。 両親と子供達の前でこの姿を見せてしまったことへの。
きっかけは両親の言葉だったけれど それはあくまできっかけ。 わかってもらえない部分というのは 今更 嘆く次元ではないし望むべきことでもない。 それでも親は親なりに心配も思いもしてくれているのだから。 それに求めるのは酷というもの。そんなことわかっていたのに。
ただ 両親もいっぱいいっぱいのように わたしもまた膨らむだけ膨らんで一刺しで破裂してしまう 風船のような極限状態で。
何がもどかしくて悔しいかといえば 子供達のことでも ひとつ良い方向に行きかけたら 間の悪い出来事が起きること。 今 これができたらこの子は一歩踏み出せるのに とか ああ 今それを言ったらせっかくの気持ちをシュンと 萎ませてしまう・・とか そのたびに 必死の思いで積み上げてきたものが ガラガラと崩れ落ちていく。 何回も何回もそれを繰り返して それに疲れて。
でも逃げ出したら死んでしまったらそこで終わり。 わたしが消えたら後 遺された方はどうなる? またそこで新たなトラウマと傷を大切なひとたちに残すのか? そんなことだけはしたくない。
それに死にたいわけじゃない。 自分でも原因のないまま死を望む人もいるかもしれないが 多くは 何かから この苦しみから逃げ出したくて悲鳴をあげて飛ぶんじゃないだろうか。
今回は本当に間が悪かった。
わたしの精神状態も落ちるところまで落ちていて たまたま来訪した両親も疲れていて 子供達それぞれも それぞれの思いに揺れていて
そんな中で本来一番そうすべきではないわたしが壊れた姿を晒した。
さすがにこれではと思ったみたいで 下二人は両親と今夜は実家泊まりになった。 明日は帰ってくる予定だけど。 長男は学校のこともあるし わたしを一人にするのが 心配だとみんなが判断したのだろう わたしと自宅に残ることになった。
薬を飲んで今は随分落ち着いている。
興奮している時は痛いとか感じないけど こうして萎んだ風船みたいになってみると 左掌痛いのが身にしみる とか 額のタンコブ腫れてきてズキズキする とか 元々意気地なしの痛いの苦手な臆病者の癖に。 大馬鹿なわたし。
末っ子がね 昨日 ベランダから見える景色に 心がホッとする って言ってたんだ。 だから 昨夜は お月見しながら 狭いベランダで 子供達とあったかいうどんを食べた。 そんな穏やかな時間もあったのに。
今日も晴れていて 太陽の光が今のわたしには眩しい。
携帯で写真を久しぶりに撮った。
心象風景 なんてカッコイイものじゃないけど ココロん中の切れ端みたいなの。
大丈夫。こんなこと書いたりしてるんだもの。 まだ もつはず。まだ 大丈夫。 ほんとシブトイよね。
わたし 生きています。
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ゆうなぎ
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