| 2005年03月31日(木) |
カンボジア体験記-‐その�� |
 到着3日目。 この遺跡はえ〜〜〜と忘れた。 三段のピラミッド状になっていて険しい階段で登れるようになっている。 おいらおっかねえから登らないで下で見ていた。 ツアーの皆の平均年齢は60才くらい。 それでも皆がんばって登っていた。 デヴの白人さんもスタスタ登っていた。 おいらちょっと劣等感。
 正面ではいポーズ。 って棒立ちじゃん。 しかもちょっと斜めになってるし。 おいら写真って苦手なんだな。
 宮崎さんの映画に出てきそうですね。 タコの木です。 こいつは成長が異様に早くて中が空っぽなんだそうです。 フランス人がここを発見した時にはもう伐採仕様がないくらいに成長していたんだって。木を切ると根っこが腐って余計に遺跡が崩壊してしまうのでほったらかしにする事に決めたんだってさ・・・ フランス人はこの木を溶けたチーズと呼ぶそうな。
 ここは記念写真スポットとしてモテモテでした。 白人さんや韓国人さんがパチパチ撮っていた。
 アンコールワットより200年早く建造された寺。 小さな煉瓦積み。 かなり状態は良い。 このころすでに寺に飽きているおいら。
 門の敷居に腰掛ける地元の女の子。 たぶん掃除婦さんの子供だと思う。 寺にはたいてい子供がいてニコニコ手を振ってくれる。 服を着ていない子供は物乞い。 手を合わせてクメール語で何やら呟いている。 胸が痛んだ。
 アンコールワットのような回廊を作る技術がまだないので作りも質素。 でも尖塔の形はアンコールワットの原型が出来ている。 例によって壁面はレリーフだらけ。 所々盗難にあって削られている。
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寺のあちこちで物乞いを見かけた。 中には両足を地雷で失っているおじさんもいた。 そうなんだよね。。。 この国はちょっと前まで内戦状態にあったんだ。 その前はベトナムに侵攻されてその前はフランスに統治されていた。 期間は短いけどポル・ポト政権の時代には大量虐殺もあった。 その傷跡が生々しく残っている。 最後の日、おいら余ったリル札をみんな物乞いの人達にあげちゃった。 日本円に換算したら数十円なんだけど現地のレートではまあまあの金額だ。 偽善かもしんないけど少しばかり施しを出来たと思う。
それから思ったんだけど、日本は先進国の中では福祉が遅れていると言われているが、それでもこんな発展途上国にくらべたら天国みたいだって。 身内に身体障害者がいるので良く知っているのだけれど、日本ではそういった四肢損失や脊髄損傷で不自由になった人のための国立職業訓練施設があって、それは全寮制で無償で若干のお小遣いまで支給してくれるのだ。至れり尽せりだ。2年目にはいると習いながらお給金まで出る。障害者年金とはまた別に。これといった工業の無いカンボジアのような貧しい国にとっては福祉はまだまだ後回しで、それより道路や水道を引くのが手始めらしい。でもああいった光景を目の当たりにすると色々考えてしまうよ。
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さっき郵便局でネット友達にお土産を送ってきた。 みうらじゅんくらいしか喜ばなさそうな「いやげ」になる可能性が大きいが。 おいら“あげ魔”だからすぐ人に物をプレゼントしたくなるのだ。 気に入らなくても勘弁してね。
* 明日は最終日、水上生活者について。
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