読書記録

2006年02月28日(火) 氷輪           永井 路子

氷のように冷たく輝く月


ふつう 歴史小説を書く場合、主人公に入れ込んでその人物を題材に物語を進めていく
この『氷輪』 の 場合は 唐招提寺の創始者鑑真だろうか、それとも若き碧眼の僧如宝だろうか
藤原仲麻呂、孝謙天皇、弓削道鏡など歴史上の人物の分析もとても細かいと感じた
ふだん 私のように刹那的に毎日を送る人間にとって、歴史に興味をもったとしても第一級資料たる『続日本記』をはじめとする書物にまではとても目がいかない
それをこの本はいろんな歴史書共々に読み聞かせてくれている
随所に作者の意見や考えをちりばめて時代を解説してくれている
そこのところを作者は正直に文中に入れている
・・・・・例えばA・ B ・C ・D の史料のうち、これしか真実と思えるものがないと覚悟をきめたら、それで一気に書くより切りすてることでもある。時には無知や考えの甘さをさらけだす結果にもなるが、ともかく作業をしおえたときには、一筆描きの水墨画を描きあげたような、緊張感を通りぬけた爽快さも味わうことができる。
と 潔い表現をしている。


そして 戒和上になった如宝の思いで文を締めくくる。
とりわけ寒さの厳しい夜更け、金堂での礼拝をすませ、黒々と浮き出た大屋根の上に輝く月をふり仰ぐと、亡き師の俤が眼裏に浮かぶ。
中天にかかる月は氷のごとくきびしく、そしてはるかに遠い。そして自分はその冷徹、静謐な光を受ける一枚の屋根瓦、一葉の木の葉にすぎないと如宝は思ったことだろう。


解説もまたいい。
「まこと歴史とは語られた部分と同じくらいに、語られざる部分に大きな意味がこめられている。」

正にその通りだろう。


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