読書記録

2006年04月11日(火) 雲と風と         永井 路子

 伝教大師最澄の生涯



「心形久しくして、一生ここにきわまる」
最澄は遂に悲痛な一語を漏らす。
もう疲れた。わが一生はもう終わった・・・・・
遂に梵網戒による受戒の実現は望めなくなった。苦しみ、敗北に身を噛まれながら自分は死ぬよりほかはない。
最澄の病床をかこむ義真、光定、円仁らは、言葉もなく、頭を垂れたことだろう。
━自分のやろうとしていたことは、まちがっていなかった。しかしいま力竭きて自分は世を去るよりほかはない。
それでも最後の気力を振い起して、彼は心こまやかな遺言をしてゆく。
「自分の死後、喪に服することはしなくてもいいぞ。ただ仏の垂れた戒を忘れずにな。酒は飲むな、女を近づけるな、ここを清浄の地として毎日大乗仏典の講究に励んでくれ」
さらに彼はしいて声を励まして言った。
「自分は生れてこの方、乱暴な言葉を言ったり、弟子を叩いたりしなかった。そなたたちも、自分への恩返しとして、そうしてくれればありがたい」
山内での序列、作法等、弟子たちの中に対立が起きないよう、最澄の遺言はねんごろであった。声はすでに力がなかったとはいえ、彼は最後に言ったという。
「わがために仏を作ることなかれ。わがために経を写すことなかれ。わが志をのべよ」
供養の必要はない。ただ、この金剛宝戒の確立を、それだけを・・・・・体はすでに衰えても、最後まで彼の精神は輝き続けていたのだった。



「悠々と時の流れてゆきこの世界は、ただ苦悩に満ちているだけで安らかなことはなく、さわがしく生きている生き物は、ただ患うることのみで楽しいことはない」


比叡山を開創した天台宗の宗祖・最澄の思想と人間像と桓武天皇との関係が書かれている。この作者の文の進め方はふつうの歴史小説風ではなくて、作者の感じた疑問がそのまま登場人物の言葉になっている。私のような通りいっぺんの考えしか持たない人間が思いもつかないような疑問を考えてくれるので、感心しきりだ


ひとつ本を読めばそれに繋がるものが読みたくなる
作者が表現する雲走り風騒ぐ激動の同時代を生きた空海のことも知りたいと思う









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