八十歳を迎えたブッダ(釈迦)は、侍者ひとりを連れて最後の旅に出る。遺された日々、病み衰えたブッダの胸に、人々の面影や様々な思いが去来する。死期を悟ったブッダが涅槃に入る最後の旅に付き従った弟子のアーナンダがこの物語の主人公だろう。
同じく八十歳になった作者が綴るブッダは、いつもの作者の文とは違うように私には感じられた。 何回かインドへ行っただろう作者が綴る文は決して釈迦や仏教を美化することなく、釈迦自身や釈迦のまわりの人々の苦悩をリアルに描ききっている。二千年以上も前の求道者たちが感じた苦悩が、何気に現代にも通じるようで目の前にうかびあがるように感じた。
「アーナンダよ。泣くな、悲しむな。嘆くな。私は常に説いてきたではないか。すべての愛するもの、好むものとは必ず別れる時がくると。遭うは別れの始めだと。およそ生じたもの、存在したものは、必ず破壊されるものだということを。これらの理が破られることはないのだ。 アーナンダよ。長い間、お前は優しい愛といたわりをこめて、純一な心情を傾け尽し、身も心も捧げて、よく私に仕えてくれた。お前の奉仕は無私で美しかった。これからも努め励んで修行せよ。必ず速やかに汚れのない阿羅漢果に達することが出来るだろう」
「私はこのように聞いた。世尊のお言葉のままである。 ━この世は美しい 人の世は甘美なものだ━」
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