私はこの人の書く どこか心に沁みる物語が好きだ。 現代もたぶん・・昔も虚勢を張りながら どこか自分を偽って生きている人間の誰でもが持っている善意のようなものに気づかさせてくれる気がするのだ。 願わくば 短編ではなくじっくりと読ませてくれる物語を期待しているのだが。
*ゆすらうめ 六年の年季を終えて色茶屋暮らしからようやく足を洗えたおたかと、彼女が再びこの世界に戻らぬように心を砕く色茶屋の番頭孝助との話。 表向きではそうであっても実は孝助自身が姉のしている色茶屋から抜け出たいのだった。
*白い月 博打好きの亭主友蔵と別れることのできないおとよ。 おとよの拠りどころは死んだ母親の遺した「どんなことがあっても友蔵さんを見捨てちゃいけないよ」という一言だった。
*花の顔(かんばせ) 長年の確執の果てに痴呆症になった姑たき。 嫁のさとは、出世のために江戸詰めを続ける夫や親類や隣家からも見捨てられたとき、童女に戻ったたきの顔を「花のように美しい」と感じることができたのだった。
*椿山 小藩の若者たちが集う私塾で、身分故の理不尽を味わい、出世に賭ける覚悟をした才次郎。 手段を選ばず藩政の中枢のまで登りつめるが、口とは裏腹に自分の歩んできた道筋を正当化するのにどこかうしろめたさを感じているのだ。 そんな時に思い浮かぶのは、かつての無二の親友であった寅之助や、その寅之助と夫婦になった憧れの女性孝子との、椿山での淡い無垢なる風景の数々だった。
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