18歳の春に藤木忍を、24歳の秋には藤木忍の妹である千枝子を愛した。 藤木忍とは青春の途中で知った純粋な愛であり、千枝子とは恋であったろう。 しかし愛するということの謎が解けないまま、藤木忍は亡くなり、千枝子とは別れて汐見茂思は召集されていった。 復員しても千枝子とは会わぬまま、二冊のノートに青春の墓標を記して汐見は自殺行為とも思える無謀な肺摘手術でその命を散らした。 純白の雪が地上を覆った冬の日だった。
━あなたは夢を見ている人なのよ。ええそうよ。昔あなたは、兄ちゃんを好きだった頃にも夢を見ていらした。あたし兄ちゃんの言った言葉が忘れられないわ、汐見さんは夢を見てる、けれど僕にはみられないって。
戦争にいって人を殺すか殺されるかの状況になったときの自分を考えたら、いつ召集が来るか分からない今の状況が苦しいと言っていた汐見。 その汐見にとうとう赤紙が来て、千枝子に会えぬまま入隊するため故郷に帰る夜汽車のシーンがドラマを見ているように私の脳裏にその状況が展開されていた。
藤木、と僕は心の中で呼び掛けた。藤木、君は僕を愛してはくれなかった。そして君の妹は、僕を愛してはくれなかった。 僕は一人きりで死ぬだろう……。
図書館で借りた文庫本は平成十三年九月二十五日七十九刷だった。 昭和二十九年四月刊行というロングセラーに私は出会えた。
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