ずいずいずっころばし
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2005年05月12日(木) 女王様

父はわが家では王様。と言っても暴君だったわけでもなく、自ら望んで王様の座についたわけでもない。威張るわけでもなく、いたって物静か。

母が父を王様に仕立て上げた。ご飯茶碗もお箸も湯飲み茶碗もおかずも、父親のそれらは特別だった。お刺身が大好きな父親のために母は毎日クーラーボックスを持ってバスを乗り継ぎ遠くの魚屋まで新鮮な魚を買いに行った。座布団は母の手作りのふかふかの大判座布団。テレビを観ながらごろりと横になるとこれまたごろ寝用ふとんが枕と共にさっと出る。

朝、新聞を読み始めるときりりと爽やかなお煎茶を淹れる。出勤の支度にズボンをはき、Yシャツの裾をズボンに入れようとするとさっとズボンのベルト部分を押さえ、ずり下がらないように持つ。父が「オッ」と言う暇(いとま)を与えずに持った手をはずすとぴしりとシワ一つなく、Yシャツはズボンの中に。

くわえたままのタバコの灰が落ちる寸前に灰皿がすっと出る。

すでにピカピカに磨かれてある靴を履くとすかさず靴べらを差し出す。

門のところで「いってらっしゃいませ」とお辞儀をすると居合わせた隣の奥さんまでつられて深々とお辞儀をしてしまう。

これらの流れが全てよどみなく何十年と繰り返された事柄。

家族一同見慣れた風景なので何の違和感もなく過ごしてきたルーティーン。

普通のおじさんである父親は会社ではおそらく下げたくない頭もさげざるを得ないことも多々あったであろう。しかし、ひとたびわが家へ帰ると心づくしの手料理と団らん、王様の座布団が待っている。

がみがみ口やかましく鞭を持って叩きそうな奥さんよりも、もしかしたら亭主操縦術にたけているのかもしれない。

こんな居心地の良い家庭を持っていたら亭主としたら世の中で誰よりも光って働かざるをえないのかもしれない。

してみるとこの王様の座布団は真綿で包まれた甘美で世にも厳しい叱咤激励の玉座なのかもしれない。

してみると母はなかなかの知恵者なのか?

いえいえ、そうは思いたくない。心から湧きいずる愛のなせるわざ!

あまり父親ばかりを優遇するのでひがんで「お母さんは何てったってお父さん命だもんね〜〜〜ぇぇ」とからかったりしたものだ。

しかしここで問題。

こうした母を見て育った娘三人は、はたしてどんな生活をしているのだろう?

それは聞かぬが花!言わぬが花!

ただ、一言付け加えるならば、

トランプには王様もいれば女王様もいることをそっとつけくわえておくとしよう。


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