少し前の「黎明前」で書いた雑誌の中で、竜也くんがシャネルの香水を「くっさいやつ」と言っていたが、日本人は強烈な香水の匂いを嫌う人が多いように見える。すれ違った時にほんのりと匂う香水はとても心地良いのだが、隣に座られた時に目にしみるような(笑)香水のニオイにはさすがに閉口する。
いつだったか部長の奥様が事務所に赤飯を炊いて持ってきてくれたことがある。何かのお祝いで「皆さんにもお裾分け」というものだ。 段重ねの重箱に詰められたその赤飯は、薄いピンク色で米粒がつやつや光っており、ちょうど3時の小腹がすく頃だったことも手伝って、卑しい話だが皆目の色が変わっていた。 一刻も早く頂きたかったが、ここで私達はある重大なことに気が付いた。 「一体これをどうやって皆で食べるのか…!?」 会社であるため、皿や箸などというものは置いていない。せいぜいある物は湯呑茶碗ぐらいなものだ。後輩の1人の女の子が「紙皿を買ってきましょうか?」と言ってくれた。「あっ、いい?」と喜んでいたら、A女史が「私に任せて!おにぎり作るから。」と申し出た。 そこにいた女子達は皆「えーーーーっ!」と声を出さずに直立不動のまま仰け反ったように見えた。なぜならば…A女史の手はとても手入れが行き届いている。爪を綺麗に伸ばしマニキュアも実に丁寧に塗ってある。手荒れなんてもちろんしていないし、おまけにブ厚いギラギラのファッションリングが3つも4つも付いている。だが、この綺麗な手からおにぎりが作り出されるとはとても想像出来なかったのだ。 しかし仕切り屋のA女史なので、ここで彼女の提案に難色を示したら後でやっかいなことになると判断し、そのままお願いした。
30分以上待たされただろうか…。出来上がったおにぎりは案の定少しまずそうになっていた。表面がべちゃべちゃとした感じになってしまっているのだ…。赤飯のにぎりは難しいのだろう…まぁ味は変わっていないだろうと思い直し口の中に入れた。 !!!驚いた。一口食べた途端、口の中に広がったのは香水の味なのだ! そうなのだ、A女史は香水魔でもあったのだ。高級な香水らしいが、まぁそのニオイがきつくて、まるで犬のマーキングのように自分のニオイをそこら中につけてまわる。恐らくにぎっている内に香水のニオイが移ってしまったのだろう…。
部長は食べなかった。「私はいいから、皆で食べなさい。」とニコニコ笑って見ている。 「…美味しいです…。」と、皆心にもないことを言って、香水付きのおにぎりを我慢して食べた。 にぎりさえしなければ、間違いなく美味しい赤飯だったのだ。普通に茶碗によそって食べれば、本当に美味しく頂けたはずなのだ。 あの時もし部長があのおにぎりを食べていたら、ひっくり返っていたであろう…。 A女史の様子を何気なく窺ってみた。彼女は平気な顔をして食べている。もう自分のニオイなので自分ではわからなくなっているのだろう。こんなことになるのであったら、行儀は悪いかもしれないが、皆で手掴みで食べた方がよっぽどましであった。
食べ物の恨みは恐い。それからその日は皆機嫌が悪かった。男性社員は特に悪かった(笑)。「紙皿ぐらい用意しとけよ!」とあからさまに苛立ちを表す者もいた。上司までが「今度紙皿買っといて〜。あと割り箸、割り箸〜。」と喚くありさまだった(苦笑)。
「おにぎり」という言葉から「お母さん」という言葉を連想する人も少なくないと思う。いつぞやの「新選組!」で、雅とひでが隊士達に握り飯を差し入れする場面があり、隊士達が娘のひでが握った握り飯の方にドーッと群がる…というシーンがあったが(笑)、でも私はやはりおにぎりは、周囲の人達から「奥さん」とか「お母さん」と呼ばれている女性に握って欲しい…。いくら若くて美人でも、香水付きのおにぎりはカンベン…(泣)。
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