希望の日記

2006年07月02日(日)

酒を飲んだが、酔えなくて眠れない。週二日くらいでもいいか。悪の機嫌を取ってはいけない。自分の機嫌を取るんだ。大阪なんか悪ばっかりだ。人の機嫌を取っているからおかしくなる。自分の機嫌を取るんだと考えるとすごく楽になった。世の中がすっきり見えてきた。なんかこの二ヶ月の苦闘が報われて良い方向に向かっていく気がする。非常にはっきり見えるからだ。暴力的な方法でこの問題、私の人生の全ての問題を解決できると確信したからだ。宗教とはある種の暴力だ。暴力を効率的で美しい形に整えることだ。暴力のない社会はありえない。覆い隠そうとしても無視しようとしてもむき出しの暴力を向けてくる奴は絶対になくならない。暴力には暴力しかない。悪には悪しかない。悪の機嫌を取ってはいけない。悪を容認しない。ゼロトラレンス、絶対に許容しない。自分の機嫌を取る。悪の機嫌を取らないと決心すると気が楽になる。余裕ができて自分の機嫌を取ろうと思う。いくらでも働こうと思う。だって余裕ができるもの。この世の暴力的な構造が見えてくる。悪の機嫌を取らないことでそれを回避できる。むしろそれをコントロールできる。自分の機嫌を取ることで余裕が生まれ、外界と自分が一致する。悪の機嫌を取っていたら全てが嘘で永久に一致しないで苦しむだけだ。サディストであれ、暴君であれ。悪の機嫌を取ってはいけない。自分が苦しくなるだけだ。悪の機嫌は誰にも取れない。これからの人生は自分の機嫌を取って生きようと思った。すごく楽になった。人生観のコペルニクス的転回ではっきり、これまでのくだらない問題を一気に解決できると感じた。悪の機嫌を取らない。自分の機嫌を取る。悪を徹底的に排除する。悪を許容しない。人の倍働く。ツイテルツイテルといつも言う。人はなぜ悪いことをするんだろうと考えても仕方がない。非常に時間の無駄だ。z氏が繰り返し言ったようにそんなことを考える意味は全くない。悪の機嫌を取らない。自分の機嫌を取る。そうすれば人に機嫌を取ってもらおうとは思わないだろう。自分は人の機嫌を取らないのだから。これだけで大変な労力の節約になっていっぱい働けるから成功に近づく。悪とは何かとか考え出したらもうおしまいだ。どつぼだ。あくは悪だ。排除するしかない。徹底的に暴力的に排除するしかない。自分の機嫌を取れ、そして働け。人の機嫌を取っていたら働かなくていいだろうか。そんなことはない。そんな仕事はない。芸能人だって作家だって身を削って働いている。労働のない社会はない。暴力のない社会はない。ユートピアはない。あくの機嫌を取るからそんなことを考える。自分の機嫌を取れ。
眠れない。加藤フッキー症候群から二か月立ち直れなかった。今ようやく立ち直れそうな気がする。あくが抜けた気がする。悪い膿を出し切ったような気がする。非常に強くなった。悪の機嫌を取らないとかアイムオーケーユアオーケーとか強いメッセージを得た。これは大きい。あの事件がなかったらずるずる行っていたかもしれない。今のほうが良い。悪の機嫌を取らない。これは私の人生に対する根本的な治療薬だ。人に尽くして燃え尽きて、罵られ、反社会的になる。悪の機嫌を取らずに自分の機嫌を取っていればこうはならなかったのだ。でも意志の力で人生をコントロールできるかもしれないと思ったのは初めてだ。そうは思わなかった。悪の機嫌を取らない。これは大きい。自分の機嫌を取る。そうすれば自分は機嫌悪くならない。すごくさわやかな気分だ。絶対あんな悪にもう引っかからない。悪なんか恐れる必要はないし、媚びる必要もないし、機嫌を取る必要もないのだ。悪は悪だ。一生機嫌悪くしていろ。私は自分の機嫌を取って、人の倍働く。人を癒すとは自分がぼろ雑巾のように使われるということだ。馬鹿なことを考えてはいけない。悪の機嫌なんか取っちゃいけない。自分の人生を生きよう。私は親にも言いたい。自分の人生を生きようと。悪の機嫌を取ってぼろぼろになったからといって誰も私の機嫌を取ってはくれない。森田療法を見ろ。きちがいどもが寄ってたかって私を傷つけようとした。所詮キチガイだ。犬畜生と同じだ。フッキーというのは死んだ方が良い。仏陀の言った死んだ方がいい人間だ。生きているだけで害になるから死んだ方がいい。私は悪の機嫌を取らないと固く誓った。自分の機嫌を取って働くと。ツイテルツイテルといい続け、成功すると。どんなに妬んで不機嫌な奴がいても決して相手にしてはならない。自分の機嫌を取っていればいいのだ。自分の機嫌を取って機嫌よくしていれば、機嫌の良い方にあわせてくる。あのババアは人間として最低だ。そんなものの機嫌を取ってどうする。あいつも死んだ方が良い人間の一人だ。人間じゃない。害虫だ。エイズ菌だ。
悪や馬鹿の機嫌を取らないで自分の機嫌を取る。これだけでガラッと変わる。世の中が違って見える。悪や馬鹿の機嫌を取らないで自分の機嫌を取る。自分の機嫌を取るためにツイテルツイテルというのだ。ところでそれは置いておいて、今私に必要なものは休息だ。脳が暴走して休息できなくなっている。フッキー加藤症候群だ。人の機嫌を取るということは苦しいことだ。わざわざ苦しいことは止めよう。苦しいことをすると苦しくなるのは当たり前だ。馬鹿の代表が女でこれの機嫌を取るのは馬鹿の骨頂だ。自分の機嫌を取ろう。私はあのグループは耐えられない。いじめられているのは耐えられない。反撃だ。反撃すればいいだけの話だ。反撃しないから調子に乗る。人の機嫌を取るのではなく自分の機嫌を取るのだ。好きなことをしよう。休もう。本当に休もう。人間はろくなもんじゃない。自分を見ていて思うだろう。そういう風にプログラムされているのだ。どの世界に行っても人間はろくでもない。だから宗教が必要になる。自分の機嫌を取ろう。いじめられたら反撃しよう。簡単な方法だ。馬鹿や悪の機嫌を取らずに自分の機嫌を取る。本当に人間はろくでもない。ろくでなしの機嫌を取ってはいけない。自分の機嫌を取ろう。
馬鹿や悪の機嫌を取らない。自分の機嫌を取ろう。今よりもっと休もう。気持ちが休んでいない。環境を変えてみるとか湯治とか良いんじゃないかと思うんだが、その元気もない。その元気が出たら決行しようかな。職場はくそみたいなもので忘れたら良い。すっかり忘れても良い。あんなところは戻る気がしない。絶対に戻らない。悪の機嫌を取らずに自分の機嫌を取る。馬鹿や悪の機嫌を取らない。自分の機嫌を取る。もっとゆっくり休息する。現実逃避する。田舎暮らしについて考える。全否定する。会社を全否定する。会社にいるから病気になる。
馬鹿や悪の機嫌を取らない。自分の機嫌を取る。疲れが取れなければもっと休息する。環境を変える。あまりに疲れているときはそれも難しいか。でも家でも絶対安静くらいにする。馬鹿や悪の機嫌をとらないということは私の画期的な考えだ。何の理由もなく馬鹿や悪の機嫌を取ってきたために根拠のない恐れさえ生じてきた。自分の機嫌を取ろう。悪や馬鹿の機嫌を取るのを止めよう。ゆっくり休もう。疲れが取れなければもっとゆっくり休もう。
脳が勝手に暴走するので疲れが溜まる。回復しない。変な症状が出てくる。不眠。ゆっくり休む。疲れが取れなければもっとゆっくり休む。テレビがないと疲れが取れる気がする。体を動かす。一定時間本を読んでみる。悪や馬鹿の機嫌を取らない。自分の機嫌を取る。
ずっと同じことばかり書いている。壊れているのか。でもテレビのない生活はいっそ潔い。馬鹿や悪の機嫌を取ってはいけない。自分の機嫌を取るのだ。女は全員馬鹿だけど機嫌を取る必要はないということだ。普通そうだろう。誰も女の機嫌なんか取っていない。自分の機嫌を取るのだ。絶対悪の機嫌を取ってはいけない。悪の機嫌を取ると必ず自分も悪になる。そればかりか疲れる。病気になる。自分にないことを強いているからだ。もっと休もう。今も頑張っている。もっと楽にもっと休もう。疲れが取れるまで。
馬鹿や悪の機嫌を取ってはいけないというのは共依存のことを言っているかもしれない。悪は勝手に機嫌が悪いのに自分が申し訳ないような気持ちになる。自分の機嫌を取っていれば、自然と機嫌の良いほうに合わせて来る。私はあの声を聞いただけで脳が凍り付いてしまったので、機嫌良くできなくなったのが悪かった。悪は強制的に排除しないといけない。
馬鹿や悪の機嫌を取ってはいけない。自分の機嫌を取るのだ。正当防衛の権利を行使するのだ。悪を排除するのだ。悪を排除するのだ。悪を許してはいけない。
馬鹿や悪の機嫌を取ってはいけない。自分の機嫌を取る。ツイテルツイテルという。楽になる。休める。人の機嫌を取らないでいいということは楽だ。楽だ。もっと楽になろう。もっと休もう。自分の機嫌を取って働こう。今すぐでも可能だと思う。
馬鹿や悪の機嫌を取ってはいけない。自分の機嫌を取る。どうにも疲れる。キチガイフッキー加藤症候群は本当に辛い。ゆっくり休もう。疲れが取れないということはゆっくり休めていないということだからもっとゆっくり休もう。人の機嫌なんか取るから疲れが取れない。自分の機嫌を取れ。
馬鹿や悪の機嫌を取らない。それが働く、生きる第一歩だ。悪の機嫌を取っている限り、自分の人生は始まらない。あのキチガイババアがいるだけで嫌だと言うのはその馬鹿の機嫌を取っていることになる。本当に悪ってこの世にいるんだから、機嫌なんか取ってはいけないんだ。
自分の機嫌を取るって言うのは難しいこともある。でも人の機嫌を取らないで良いんだったらそれくらいはやろう。宗教というのは我慢して少し良いことをやろうということだ。何でも好きなことをやっていいんだったら人間苦労はない。
困ったことは起こらない。あのキチガイババアが暴れ放題暴れたからといって何か困ることがあるだろうか。会社は少なくとも困ることはない。会社が困らないんだったら私が困ることはないんじゃないか。私の給料が減るわけでも会社の業績が落ちる訳でもない。困ったことは起こらない。女とトラぶって困った。本当に困っているだろうか。全く困らない。そこで成長して馬鹿や悪の機嫌は取らなくていいんだ。と学ぶことができる。成長して一段ステージが上がる。誰も女なんか全くどうでも良い。全く関係ない。なんか相手にしてないじゃないか。困ったことは起こらなくて一段高いステージに上がるべく学んでいるんだと。これは素晴らしい。わきが。困ったことだろうか。全く困らない。こんなことは気にしないという風になれるために学ぶ。一段ステージが上がることなんだ。
私は自分の嫌いな人がいるとパニックになる。そんな奴がいて良い訳がないと思う。口も利かないし、無視する。幽霊みたいなもので認めるわけにはいかない。嫌いな人間を好きになろうと努力したりもする。気に入られようと機嫌を取ったりもする。でも嫌いな人間に好かれて余計に苦しい思いをする。困ったことは起こらない。自分の嫌いな人間がいたとしてそれが困ったことだろうか。魂がワンステージ上がるチャンスなのだ。成長のチャンスなのだ。考え方を変えるときなのだ。学びのときなのだ。問題は解決しない。大概の場合。私の過去は変えられない。しかし、過去に対する考え方は変えられる。それは宗教的だろう。でも宗教は悪いものじゃない。どうしても必要なものだ。私の内心を誰にも認めてもらう必要はないし、告白する必要もない。
困ったことは起こらない。私は休職しているが困ってはいない。私が成長し、ステージが上がっていることが実感できるからだ。病気に焦点を与えても仕方がない。楽しいことをやっていれば自分も幸せになり、人も幸せにできる。困ったことは起こらないと思えば、仕事でも人間関係でも恐くはない。
困ったことは起こらない。馬鹿や悪の機嫌を取らない。困ったことは起こらない。困ったことは起こらない。私は休職しても病気になっても少しも困らない。魂のステージが今まで何段上がったことか。
馬鹿や悪の機嫌を取らない。これだけですごくすっきりする。私は悪の機嫌を取るために失敗を重ねたように思う。成功するとねたまれるから失敗する。そんな馬鹿な話はない。私だって成功したい。決して悪や馬鹿の機嫌は取らない。自分の機嫌を取る。
困ったことは起こらない。困ったことは起こらない。私は学んでいるのだ。成長のステージを上がっているのだ。
堺はスラムだ。歩いているだけで不快と不安と恐怖と嫌悪がこみ上げる。気持ち悪い人間とは思えないような奴ら。決して慣れることはない。
困ったことは起こらない。私も今何も困っていない。給料は振り込まれるし、会社行かなくて良いし、食うには困らないし、人に会わなくて良いし、勉強はできるし、遊びもできるし、こんないいことはない。女なんか虫みたいなものだ。虫のことで悩む馬鹿がいるだろうか。バルサン炊けば良い。それは虫の機嫌を取ろうと思うから困る。虫の機嫌を取る奴がどこにいるのだ。虫の事で困る。虫の機嫌を取ろうとする。でもそんなことは不可能だ。で自分が不機嫌になる。こういうことだ。虫は無視。なんちゃって。
困ったことは起こらない。つまり起こったことは理由があって起こっている。自分が成長するチャンスということ。悪の機嫌を取らずに自分の機嫌を取ろう。悪の機嫌を取ることは悪のやることを黙って見逃すとか我慢するとか許すとか言うことも同じだ。悪のやることは一回であっても許してはならない。悪の機嫌をどうして取るのか。自分の機嫌を取れ。
困ったことは起こらないとはある問題が起きても、なんでもない小さな問題だとすることだろう。あいつらは虫以下だ。全く取るに足りない。虫の機嫌を取ろうとするからおかしなことになる。自分の機嫌を取れ。自分の本音を言えばあんなところには戻りたくない。あんな奴らと二度と会いたくないということだ。困ったことは起こらない。楽しい。人生は楽しい。馬鹿や悪の機嫌を取らない。自分の機嫌を取る。
脳が暴走している。egに行ったせいだ。これを止める方法は薬しかない。悪の機嫌は取らないということが全てを解決してくれる。私がこんな精神状態でもきっと解決する。きっとうまく行く。自分の機嫌を取るということが大事だ。しかし難しい。私に悪が乗り移っているのと、悪が私の機嫌を悪くしようと頑張っているからだ。


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